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「うわ、これって何てフランツ・カフカ?」 朝、目を覚ました私は、真っ先にそう言葉を発した。正確にはグレゴール・ザムザだと思い出すのにそう時間はかからなかったが、そんなことはまあ些細なことだ。 発したはずの言葉が、全く別の音として発せられたことの前では。 私の放った言葉は、今の私の状態に見合った音に変換されていた。今の姿、即ち、猫の鳴き声に。 虫の姿のままでジッとすることを考えれば、動けて且つ人好きのする猫の姿になった私は何倍もマシではあるものの、マシだと言うだけで何の安らぎにもならない。 だって結局、グレゴール・ザムザは虫から戻れなかったし、私だってこの先一生このまま猫として過ごすことになるかもしれない。 それに何よりーー同棲している私の彼氏は、猫が大嫌いだったはずだ。 公園でのデート中に、急に(しか)めっ面をしたかと思って目線を追うと、猫が集会を開いていた。何かを言うでもなく、ただただ親の仇でも見るように可愛い猫を睨み続ける姿は、そこそこ長い付き合いのある私から見ても恐ろしかった。 あの目で見つめられるだけならまだマシかもしれない。怖いことには怖いが、見つめられるだけなら私が目を瞑ってさえいれば耐えられる。一番怖いのは、ベランダや窓なんかから外に放り出されることだ――そう考えれば、やっぱり私は今グレゴール・ザムザと同じ状況なのかもしれない。少なくとも、彼の前では。 いや、もしかすると、グレゴール・ザムザよりひどい状況なのかもしれない。 だって彼は“家族”と同居していたけれど、私と彼は家族ではない。 同じ家に属する、という意味では家族なのかもしれないけれど、血縁関係はないし、法律上は赤の他人だ。 どうしよう、放り出されるくらいならいっそのこと、今のうちに家を出ておいたほうが――って、猫の手で開くようなドアじゃないじゃん! ベッドの上をあたふたと歩き回っていると、キィ、と小さくノブの回る音がした。 「ゆり、そろそろ起きろ――」 少しずつ、寝室の扉が開いていく。いやだ、怖い。 私はぎゅっと、強く目を瞑った。
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