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山道をしばらく進んだところで、伊作は妙な気を感じた。
左右に別れ、茂みに隠れながら伊作を付け回している。そんな気配だ。
どうせ、追い剥ぎの類だろう。
細く険しい山道だが、街道には違いない。夜な夜な人通りを目当てにちんけな奴らがうろつくが、腕っぷしに自信のある伊作はものともしない。臆さずに堂々と、道の真ん中をどっかどっかと進んでいた。
七日にいっぺんはこの山道を登る伊作は、旅人の形をしている自分が格好の餌食だと言うことを知っている。こうして——といってもまだ襲われてはいないのだが——災難に遭うのも初めてではない。
伊作は筏乗りだ。山で切り出した木材を筏に組み、川を下って町で売るのが役目。山々に囲まれた谷の村に住む者ならでは商売で生計を立てている。
仕事のうちでもこの筏下しは実際に金を手にする一大事。伊作の暮らす小さな村ではこれをこなせるのはほんの数人しかいない。
木材をすべて売り払うと帰りの荷物は竿一本と銭だけだ。身ひとつではあるが、すっかり温まった懐には元締めや他の木こりの分の重みも乗っかっている。なおさら奪われるわけにはいかない。
ついつい帰りは楽な格好をしたくなるのだが、こんなことなら侍の風情を気取るのも手だ。
鈍らでもいい、刀とはいかほどするのだろうかと考えながら、伊作は踏み固められたむき出しの土に向かって吐き捨てた。
「なんとかなんねぇもんかな」
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