三人目の協力者

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三人目の協力者

「それじゃあ、行ってくるよ、桜子」 「はい、彰さん、お気をつけて」 「行ってきますのちゅーは?」 「ふふ、甘えたさんですこと」  ふっくらした雀が囀る朝である。  紺のスリムスーツを着こなした彰は、長く揺蕩う髪を簡単に結って整えた桜子の唇に己が唇を重ね、その紅色の頬を撫でた。 「愛しているよ」  桜子の耳元で甘いテノールが囁く。  彼女は、もう、と言いつつも耳朶まで赤くして微笑んだ。 「私も愛していますわ」  込み上げる想いに突き動かされて、桜子は彰を強かに抱き締める。  彰は満足げな笑みを零すと、踵を返して玄関を後にした。  戸が閉まった後、名残惜しげに、桜子は彰を抱きしめた手を自分の頬に添える。熱い。そう実感すればする程に、このささやかな日常を愛おしく感じ、軽くスキップをしながら、朝食の後片付けに向かうのだった。 「出たわね」 「わかりました」  街路樹の中に隠れて双眼鏡を覗き込む真里の後ろで、紗雪が探偵に依頼して手に入れた資料を読みながら相槌を打つ。 「旧姓、伊集院桜子。彰さんの勤める会社の社長のご令嬢だそうです」 「金ね、本当に、クソだわ」  吐き捨てるように真里が言えば、紗雪は、ええ、と苦虫を噛み潰したような顔で言った。  真里は、即座に携帯電話を取り出して、彰宛にメッセージを送る。  アキラ、ごめんね。マリ、怒っちゃったけど、アキラの事、やっぱり好きなの。今夜、会いたいな。  紗雪はビジネスバックに資料を仕舞うと、植え込みの中から立ち上がる。  真里も双眼鏡の先に彰が見えなくなった事を確認すると植え込みの中から出た。  二人が向かう先はただ一つ。  幸せ気分に満たされた桜子の待つ家だ。  珍しく、早朝からインターホンが鳴って、桜子は洗い物をする手を止めた。  インターホンの画面越しに確認してみると、ビジネスバックを持った精悍な顔立ちの女性と、ルージュの色がよく映える色白で童顔の女性がそこに立っていた。 「はぁい、何の御用でしょうか?」 「少々、お話したい事があります。お時間よろしいでしょうか?」 「ええ、待っていてくださいね、今行きますわ」  エプロンで手を拭うと、桜子は玄関の戸を開けて、二人を招き入れた。 「ええと、まだお片付けも出来ていないんですけれど」 「旦那さんの事について、お話しに来ました。私達は気にしません」 「彰さんの?」  訝しげな顔をしながらも、桜子は二人分のスリッパを用意する。 「立ち話もなんですから、どうぞお入りください」  紗雪は能面のような無表情だが、真里は桜子の頭から爪先までを舐めるように見て、溜息をつきながら、家に入った。  桜子が茶を準備している間、紗雪と真里はテーブルの上に、彰と一緒に写った写真を並べ、あらかじめ書面にしておいたメッセージのやりとりをつくねた。  その数たるや、出された茶を置く隙間すら無い程であった。  勿論、数分後に茶を持って戻ってきた桜子がお盆ごと茶を落としたのは言うまでもない。 「単刀直入に申し上げます。ご主人は、未婚と偽って浮気をしていました」  桜子は言葉を失う。  目の前の写真の中では、夫がそこにいる二人の女とまぐわい口付けを交わしているのだから。 「奥様が単純に旦那さんと別れたいだけなら、私が弁護いたします。ですが、それでこの喪失感が満たされるでしょうか?」  紗雪が名刺を出す。桜子は震える手で写真を取り、メッセージのやり取りを読む。  連なる、愛してる、君しか見えない、君の身体に覚えさせてあげる、好きだ、今度はいつ会えるの、の言葉の数々。  強く噛み締めた唇には血が滲み、つーっと涙が一雫垂れる。  紗雪も真里も、気が付けば泣いていた。  桜子は、改めて二人を交互に見つめて、震える声で言葉を紡ぐ。 「私達は4年前に結婚したんです。仕事も真面目にするし、何より私を大切にしてくださるからと、お父様は次期社長の座を譲る事も考えておりました」 「それが狙いなのよ、あのクソ男」 「まだ信じられません」  その時、真里の携帯電話が鳴った。  真里は携帯電話を桜子に見せながら言う。 「これを見てもあの男を信じられる?」  そこには、彰からのメッセージがあった。  知ってるよ、真里を傷付けちゃってごめんね。嫁とは愛のない結婚だからさ、愛してるのは真里だけだよ。いいよ、会おう。沢山愛してあげる。  それを見た瞬間、桜子はダムの水が欠壊するように声をあげて泣き崩れた。  紗雪と真里は、ふと、桜の花弁が散ったような気がした。  つられて紗雪が咽び泣く。  真里は携帯電話を放り投げて、席を立ち桜子の肩を抱いた。 「あたし達、死のうとしたのよ。でも、二人してコイツに騙されているのを知って、決めたの、絶対復讐してやるって」  テーブルに置いていた桜子の携帯電話が鳴る。  通知には彰の名前が、そして、残業で遅くなるかも。の一文だけが光っていた。  それだけ見て、桜子は携帯電話の画面を伏せた。 「ごめんなさい、私、何も知らなくて」  謝る桜子に、紗雪は首を振って、真里の言葉の先を続ける。 「いいえ、悪いのはあの男です。何回殺したって足りないくらいですけど、桜子さんが協力して下さるなら、死ぬより苦しい生き地獄を味合わせたいんです」  桜子は真里に背中を摩られながら、暫く机に突っ伏していた。  それから座った目をして顔をあげると。 「ええ、協力いたしますわ。ゴミ虫以下の人生歩ませてやります」  低い声で言った。
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