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ダイヤと燃え殻
クローゼットにはハリボテの燃え殻が詰まっている。
大晦日の大掃除をしてたら懐かしいものが出てきた。早速スマホで巧を呼び出す。年末年始は実家に帰ってるから都合がいい。
「巧?今暇か」
『何?桃鉄?』
「してもいいけど。見せたいものがあるんだ、今からこれるか」
『お前んちに?え~コタツからでるのめんど~』
寝ぼけた声でぼやく巧ににやける。スマホを耳にあてがってカーテンを開ければ向かいの窓明かりが見えた。巧がコタツでぬくもっている光景を想像すると心がぽかぽかした。覗きが趣味なんて人に自慢できたものじゃないけれど、今は付き合ってるから許してほしい。そもそも巧がいる事自体レアなのだ、アイツが一人暮らしを始めてからも時々癖で目をやっちゃがっかりしたっけ。
「サプライズ用意したんだ」
『Amazonでホームパーティー用のチョコレートファウンテン買った?それかタコ焼き器?』
「欲しいものリストから抜き出すな。詳細は着いてからのお楽しみ」
カーテンを閉めてそわそわ待機。窓辺にたたずみ観察してると、ややあってジャージ姿の巧が手を擦り合わせ駆け出してきた。
確かにうちはすぐそこだけど、上に何か羽織ってほしい。風邪をひいてしまわないか心配だ、後であっためてやんなきゃ……別に下心はない、誓って。
巧は白い息を吐いて空を見上げる。
もうすぐ雪が降りそうな曇り空、下界には暮れが押し迫っていた。
酔った勢いで無理矢理抱いて付き合うことになった幼馴染。
優しいアイツは許してくれたけど、尽くして報いて償ってそれで漸くまともに顔が見れる。
「ま~たっくん久しぶり、こっち帰ってたのね」
「こんちはおばさん、相変わらずキレイっすね」
「やだもー上手ね、マフィン食べる?」
「ごちになります」
「ワンワン!」
「ジョンも元気してたか?よーしよしおまけによしよし」
玄関先の巧がジョンをもふってる。
小走りに階段を上がる軽快な足音に続いてドアが開け放たれ、母さんお手製のマフィンを頬袋に詰めた巧が登場。
「はんはっへ?」
「食べながら話すと喉詰まらすよ」
俺は意訳できるからいいけど。
一生懸命咀嚼後にごくんと飲み込んで指をなめ、ジト目を向けてくる。
「んだよ見せたいもんて、寒い中出張してきた甲斐はあるんだろうな」
「もちろん」
執事さながら気取ったお辞儀をして中へ通す。ベッドの上には俺の高校の時の学ランがのっかっていた。巧が目をまん丸くする。
「うわっ懐かしい、まだとってあったのか!」
「クローゼットの中から発見した。放り込んでたのすっかり忘れてた」
「2・3年しかたってねーのに妙な感じ」
「学校ジャージ現役で部屋着にしてるくせに」
「ゆる~りだら~り伸縮性に優れて快適なんだよ、名付けて人をダメにするジャージ」
巧が今着てるのは高校時代の赤ジャージだ。はしゃいでベッドに飛び乗る巧の隣に腰掛け、学ランを体にあててみる。
「卒業後も伸びたから丈が合わない」
「成長期のスパン長すぎ。貸せ」
じれったげに学ランをひったくり、袖を持ち上げて落とすのを繰り返す巧を微笑ましく見守る。
「当時は他校のオサレブレザーに憧れたけど、今見るとまんざら悪くねェな」
「ストイックな感じするよな。金ボタンが映えて礼服の格がある」
巧が学ランの上から二番目、ボタンが脱落した穴を指して苦笑をもらす。
「卒業式すごかったもんな~フジマの第二ボタン争奪戦で女子大ハッスル、二組の羽田さんがひっかかれて保健室送りになったの覚えてる?」
「修羅場だったね」
「他人事かよ」
俺の第二ボタンを欲しがり女子が争ったのはぼんやり覚えてるが、卒業式といわれてまず思い出すのは卒業証書をおさめた筒をぶん回し、友達とじゃれあってた巧の顔だ。
澄んだ青空に桜咲く麗らかな春の日。
俺には決して向けられないと諦めていた陽だまりの笑顔。
なんでもできる俺がそばにいるとくすんじまうと避けて通られた寂しい日々を追憶する。
アイツは知らなかったのだ、隣の王子様がハリボテにすぎないと。
他ならぬお前の照り返しで輝いてるだけなのだと。
あの時既に同じ大学に進む事が決まっていたから、慢心に委ねて告白を先送りにした。
校庭の片隅の桜の木の下では、卒業式を限りに別れ別れになる同級生たちの告白が繰り広げられていた。可愛い後輩に想いを告げられ、しどろもどろ照れまくる友達もいた。
正直うらやましかった。
好きなヤツに好きと伝えることになんら後ろめたさを感じないでいられる、祝福された連中の鈍さが。
ボタンがとれた穴に人さし指を通して遊びながら巧が聞く。
「お前のボタンゲットしたラッキーガールって結局どの子?」
「覚えてない」
「薄情なヤツめ」
「興味なかったから」
穴にくぐらせた人さし指を引っ込め、巧がむくれる。
「俺の第二ボタンは総スルー、ノータッチで健在」
「欲しいって言ったらくれた?」
「野郎にゃやんねー」
「だよな」
「予備や保険にされんのはごめんだね」
「ちがうよ」
俺の本命は巧だけ、あの頃も今も巧の第二ボタンだけが欲しかった。俺にとってのダイヤモンド。
もしあの時一歩踏み出す勇気があったら、もっと早くこうなれていたのだろうか。
俺のずるさ弱さでコイツを傷付けず、恋人関係になれていたのだろうか。俯いて悔やんでいると至近距離に心配そうな顔が来た。
「どうした、おセンチに黙りこんで」
「……あのさ、お願い聞いてくれる?」
恥を忍んで口を開く。巧はしかめ面で保留する。
「内容による」
「警戒心強いな」
「前科があるからな」
ややあとじさり身構える巧を一瞥、唇をなめて乞い願う。
「コイツを着てほしいんだ」
「……は?お前の学ランを?」
「うん。だめか」
馬鹿なこと言ってるのはわかってる。急に恥ずかしくなり火照った顔を伏せる。微妙な沈黙がいたたまれず願いを取り消しにかかれば、巧がおもむろに上着に手をかけて無造作に捲る。薄い胸板や痩せた腹筋をガン見してたら不興を買った。
「スケベ」
「あ、いや、そういうんじゃないぞ?」
「ほらよ、満足か」
続いてズボンを脱いで学ランに袖を通していく。ささやかな衣擦れの音が耳朶をくすぐり、過去へと時間が巻き戻されていく。目の前に俺のお古の学ランを着た巧がいる。
「やっぱデカいな。股下も長え」
袖やズボンの余りを落ち着かなげにいじる巧と向き合い、率直な感想を述べる。
「似合うよ」
「お世辞どうも」
「お世辞じゃないよ本音だ。全力で褒めてる」
「プラシーボ効果で輝けってか?」
巧を褒める時は手加減しないって決めた。
卑屈になるなら意地でも前を向かせてやる、お前が持ってる良さに気付かせてやる。
「防虫剤くせえ。帰りにジョンに吠えらんねーかな」
照れ笑いする巧が愛しくてたまらず、泣きたいような気分になって手を伸ばす。そっと頬に触れ、睫毛の先を擦り、茶色がかって澄んだ瞳を間近で覗き込む。
今は冬、窓の外では粉雪が舞っている。
なのに俺の心は一瞬で卒業式の日に引き戻されて、あの日言いたくて言えなかった気持ちを伝えようとしている。
あともう少しだけ俺に勇気があれば、あの頃言えたかもしれない言葉をまだ手遅れじゃないと信じて。
「好きです。付き合ってください」
遅れてきた告白に面食らい、巧が固まる。
それはそうだ、今さらやり直して何になる?コイツを犯した事実は取り消せない、無理矢理俺のものにした過ちは撤回できない。
だけど許されるならせめて、今この瞬間はあの日に戻ってきちんと告白したい。俺のずるさ弱さときっぱり決別して、ただありのままに好きと伝えたい。
階下じゃジョンがうるさく吠えたて母さんに叱られていた。巧は瞬きも忘れて真っ赤。固唾を呑んで返事を待っていると片手が挙がり、そっけなく拒まれた。
「ちょいたんま。すぐ戻る」
「え?」
そそくさ回れ右して逃げ出す。
開けっ放しのドアの向こうから冷えた空気が流れ込み、ジョンの吠え声が響いてきた。窓辺に寄って見下ろせば、粉雪がぱら付く中を巧が帰っていく。
「学ラン着たままか……」
部屋には巧が脱皮したジャージが残されていた。摘まんでみればほのかにあったかい。なんとなく手持ちぶさたになり、青春の抜け殻の匂いを吸い込む。
「巧の匂いだ」
ああ、本当気持ち悪いな俺。
巧が去った部屋に独りきり、ジャージを顔に被せてベッドに仰向ける。
さすがに引かれたか?無理もない。学ランに着替えた巧を前にしたらあの頃のモヤモヤがぶり返して、うっかり恥ずかしいセリフを口走ってたのだ。
「最低だな……」
スマホにかけてみるか?なんて謝ればいい?俺に会うの嫌じゃないか?
ベッドの上でゴロゴロして起き上がり、内外の温度差で結露した窓ガラスに歩み寄る。巧の部屋には明かりが点いてて、クローゼットをごそごそやってるのがかすかに見える。
ガラスの表面に人さし指をあて「ごめん」と記す。それを手のひらで消し、窓に額を預けてうなだれる。
しばらくすると向かいの部屋が消灯された。寝てしまったのだろうか。諦め悪く窓に寄りかかっていると、再び玄関ドアが開いて慌ただしい気配が駆け込んできた。ジョンが熱狂的に歓迎してる。
「フジマ!」
顔を上げて振り向けば息を切らせた巧がいた。片手に学ランを持っている。
「やっぱお前のデカいわ、サイズあわねーよ。で、ひとっ走りチェンジしてきた」
クローゼットをひっかき回して高校時代の学ランを掘り当てた巧が、今度は俺に着替えろと促す。
「俺もサイズ合わなくなってるよ」
「袖が足りねー位ご愛敬だ」
さっさとしろと催促され当時の学ランに袖を通す。ズボンを穿いてボタンをとめると、防虫剤のフローラルな匂いが鼻を突いた。
高校の卒業式から数えて実に2年ぶり。気恥ずかしさを持て余し、窮屈な上着をならしてみる。
脳天から爪先まで満足げに値踏みし、傲然と仁王立ちした巧が宣言する。
「さっきのは予行演習だからノーカン、仕切り直し。こーゆーのは形から入らなきゃダメだろ」
全くコイツは。
「馬鹿だな、寒い中わざわざ取りに戻ることないのに」
「るっせえな、同じかっこ同じ目線でフェアにいきてえの。俺とお前は高校生、今日は卒業式。言いてえことは?」
巧は全部お見通しだ。
大きく深呼吸して幼馴染を見据え、燻り続けた燃え殻に今一度火を灯し、告白を仕切り直す。
「好きだ巧。付き合ってほしい」
窓の外には真っ白な雪が降っていた。
しんしんと冷える年の暮れ、お互いお古の学ランで向き合った俺たちはどこまでも場違いに滑稽で、底抜けにアホくさく青くさい。
だけど今、すごく満ち足りてる。
ことによると人生で今が一番かもしれない幸せを感じている。
巧と共にいる限り幸せの瞬間風速はどんどん更新されてくにちがいない、そんな確信めいた予感でハリボテに背骨ができる。
真剣極まりない顔と声で告げる俺を受け止め、あの頃の面影を引き継いで大人になった巧が微笑む。
「いいよ」
あの時欲しかった言葉が、ずっと欲しくて待ち焦がれて諦めていた言葉が与えられた。
そして俺はほんの少し欲を出す事を自分に許し、何度も惚れ直させてくれる幼馴染の胸元に視線を移す。
「それくれる?」
断られるのを恐れておずおず懇願すれば、巧は仕方なさそうに苦笑いして第二ボタンを毟りとり、俺の手のひらにのせてくれた。
「サンキュ」
「なくすなよ」
「うん」
本命の金ボタンを強く握り込み、拳ごと口元に持っていってキスをする。
巧が好きだ。
大好きだ。
このボタンには黄金の値打ちがある。
「待てよ、下にジョンとおばさんがいんだぞ」
「なるべく静かにするよ」
「やめるって選択肢はねえの」
「やめられるわけないだろ」
「だよな」
肩を掴んで押し倒す。降参の合図にため息を吐き、上着の前をはだけた巧が一言。
「皺になるから脱ぐか」
「このままで」
「コスプレHに興奮してんの?変態」
報われた初恋の余韻に浸り、青春の燃え殻を纏ったセックスをする。
上から一個一個ボタンを外し、仰け反る首筋を啄んで胸板をまさぐり、俺は心から言った。
「よく似合ってるよ、巧」
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