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はじまり
「そういえば、あいつ、死んだらしいね」
行き慣れたカラオケボックスの一室。適当に数曲歌って、あとはたわいもない雑談が続いていた。人気のアイドルの話、クラスの誰と誰が付き合っているという噂、つまらない悪口。だらだらと流れていく時間に飽き始めた頃、話題が途切れ、沈黙が落ちるのを防ぐかのように、スミレが言い出した。
「あー、ね、そうみたい」
興味なさそうにユリが返す。ユリは最初に一曲歌ったきり、ずっとスマホをいじっている。彼氏とやりとりしているのだろうか。それとも、数多くいる男友達の誰かだろうか。スマホに視線を落としたまま、ユリが尋ねる。
「つか、自殺ってマジ?」
「部屋で首吊ってたって」
「そうなの? あたし、クスリ飲んだって聞いたけど」
さっきまでクラスの男子の悪口で盛り上がっていたカスミが話にのってくる。わたしは隣に座るアオイを見た。アオイはカラオケボックスに来たときから顔色が悪く、今にも倒れそうだった。
無理して来なくていいのにと思うけれど、ユリの誘いは絶対だ。断ったら、次のターゲットにされる。アオイは黙ったまま、三人の話を聞いていた。
「あいつ、しばらく学校来てなかったもんね。死んだって言われてもぴんと来ないっていうかさ」
「カスミ、知らないの? あいつ、学校やめたんだよ」
「え、そうなの!? 知らなかったー! それ、いつの話?」
「一か月前かな。担任が話してたじゃない」
「でも、結構前から来てなかったじゃん。元々いてもいなくても同じっていうか。つか、まだ生きてたんだ? みたいな?」
カスミはけらけらと笑った。ボブの髪が揺れる。スミレも「それな」と追随した。
「ってことはさ」
二人の会話を聞いていたユリが口を開く。
「散々死ねっつって追い込んだのウチらじゃん。実際そのとおりになったんだから、ウチらの勝ちってことでいい?」
きれいに手入れされた長い茶髪をかき上げ、ユリが笑う。酷薄な笑みでも、美人は様になるなと思った。
「別に勝負してたわけじゃないけどね」
スミレは残っていたウーロン茶を飲んだ。氷が溶けて薄まってしまったのか、わずかに眉をひそめた。
「いいじゃん、勝ちで。あたしたちの言うとおりになったんだからさ」
「……あ、あのさ」
アオイが声を震わせながら、静かに話に割り込んだ。
「あの子が死んだのって、やっぱりワタシたちのせいだよね?」
「えー、なんで?」とカスミが首を傾げる。
「あたしたち、死ねって言っただけで殺したわけじゃないじゃん。勝手に死んだの、あいつだよ?」
「そうよ。死ねって言われたから死ぬ方がおかしいのよ。私たちのせいじゃないって」
「なに、アオイはウチらがあいつを殺したと思ってんの?」
三人の少女の視線がアオイに注がれる。カスミは不思議そうに、スミレは不快そうに、ユリは面白そうに。
「だ、だって、死んでるんだよ? どう考えたってワタシたちがいじめたせいで」
「アオイ」と、それ以上の発言を妨げるようにユリが呼ぶ。アオイはびくりと体を震わせた。
「あいつが死んだの、いじめのせいってマジで言える? そういう遺書でもあった?」
「……知らない、けど」
「なら、違うじゃん」
カスミがあっけらかんと言い放った。
「アオイってば、気にしすぎだよ。そりゃ、あたしだって最初知ったときはマジかって思ったけどさ。あいつが死のうが知ったことじゃないじゃん」
「そうだよ。あいつなんか、生きてる価値ないし」
カスミもスミレも同意見のようだ。わたしは生きているだけで充分素晴らしいと思うのだけど、彼女たちには「生きてる価値」が必要らしい。生きづらそうだなと思った。
「でも……」
言い渋るアオイに、ユリがきつめの口調で詰め寄った。
「アオイはさ、あいつが死んだのは自分たちがいじめたからですって言える? たとえば、あいつの家族の前で」
「い、言えるわけないよ!」
「なら、黙ってなよ。これ以上あいつの話題出さないで。不快だから」
ユリの言葉には人を従わせる力がある。三人は黙り込んでしまった。カラオケのモニター画面からは不釣り合いなほど明るい音楽が流れてくる。「でも、死んだのは事実よ」とわたしは言った。しかし、誰も何も言わなかった。アオイが恐ろしげにわたしを見る。けれど、わたしと目が合うなり慌てて逸らしてしまった。
「なんか、萎えたわ」
ユリがぼそりと呟いた。スミレは困ったように顔を伏せた。アオイは青褪めたままだ。
「はいはーい! じゃあ、あたしが歌う!」
カスミがことさら明るく手を挙げ、マイクを手に取った。ユリの好きなアイドルグループの曲が流れ始める。ユリのご機嫌取りも楽ではない。
イントロが終わり、カスミが歌い出そうとした瞬間。突然室内の照明が消えた。モニター画面も真っ暗だ。
「きゃっ、な、なに? 停電?」
カスミはマイクを握りしめたまま、キョロキョロと辺りを見回している。
「え、うそ、スマホも死んでるんだけど」
ユリが苛立たしげに何度も画面をタップする。
「ねえ、出た方がよくない? なんか、怖いんだけど」
スミレは落ち着かない様子で提案した。
「スミレ、フロントに連絡して」
電話機の近くに座っていたスミレにユリが命じる。スミレは手探りで電話機を探り当て、受話器を取った。
「ダメ、繋がらない」
突然パァンッと乾いた音が鳴った。ガラスがひび割れていくような、鋭い音が何回も続く。
「やだ、何の音!?」
カスミが耳を押さえながら叫ぶ。アオイは悲鳴を上げた。
「お願い、やめて、謝るから!」
「ちょっと何言い出すのよ、アオイ。あんたこそやめてよ」
「あの子が怒ってるんだよ! ワタシたちを呪い殺す気なんだよ」
「やめろって言ってるでしょ!」
ユリが怒鳴ると同時に照明がついた。何事もなかったように、モニターからは明るい曲が流れてくる。誰も、すぐには口を開かなかった。
アオイは体を縮こませてガタガタと震え、スミレは不安そうに両腕で自分の体を抱き締めている。ユリはアオイを睨みつけていた。
「あ、あは、あはは! なーんだ、ただの停電じゃん!」
カスミはわざとらしく笑った。
「呪いとか祟りなんてあるわけないって! だって、あたしたち、何もしてないんだよ?」
「アオイ、ちょっと疲れてるんだよ。今日はもう帰りな?」
思いやるような言葉とは裏腹に、ユリの声は冷たかった。アオイは黙って立ち上がり、ふらふらと部屋から出て行く。わたしは「またね」と声を掛けた。
一瞬足を止めたものの、アオイは振り返らずに走り去った。まるで、わたしから逃げ去るように。
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