*木田澄玲*

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*** 「スミレ、死んじゃったね」  いつものカラオケボックスの一室。カスミがぽつりと呟いた。  ユリはちらりとカスミを一瞥し、すぐにスマホに目線を落とした。アオイは青褪めた表情で俯いている。わたしは「そうね、死んだわ」と頷き返した。隣でアオイがびくりと体を震わせた。  スミレが駅のホームから落ちて死んだことは、その日のうちに学校中に広まった。午後の授業が早めに終わると、ユリたちはたまり場にしているカラオケボックスに集まった。誰もマイクを握ろうとしない。誰も、歌う気がないのは明らかだ。けれど、いつもの場所で、いつものように過ごさなければ落ち着かないのだろう。 「やっぱり、あいつの呪いとか祟りなのかな?」  不安そうなカスミに、「バカ言わないで」とユリが鼻で笑った。 「事故か事件か、警察が調べてるって言ってたじゃない」 「どっちでもなかったら?」 「自殺でしょ」 「スミレは自殺するような子じゃないよ」  珍しく、カスミが食い下がった。ユリの柳眉がぴくりと動く。不快になった合図だ。 「この話、もうやめない? どっちみち、ウチらがどうこうできるもんじゃないでしょ」 「でもさ、もしスミレがあいつのせいで死んだんだとしたら、次、あたしたちの番じゃん!」  カスミがヒステリックに叫ぶ。 「ウチらが何したの? あいつを殺した? 違うでしょ? あいつが勝手に死んだの!」  ユリは苛立ちを込めて宥める。けれど、カスミは止まらなかった。 「でも、スミレ、言ってた! あいつがいたって! ユリだって今朝見てたじゃん! スミレが誰もいない場所に向かって叫んでいるところ!」 「……妄想でしょ。もしそのせいでスミレが死んだなら、アオイのせいよ」 「……な、何で」  唐突に、矛先がアオイに向けられた。青褪めた顔がますます白くなる。 「だって、アオイがあんなこと言うから。スミレが本気にしたんじゃないの?」 「そんな……言いがかりだよ」  アオイはぶんぶんと頭を振った。だが、ユリは追及を止めなかった。 「あいつに同情的だったよね、アオイ」 「そういえば、あいつをあたしたちに紹介したのってアオイだよね」  カスミもユリに便乗する。ユリが「黒」と言えば、カスミも「黒」と言う。共通の敵を作り上げてしまえば、カスミは嬉々としてユリに従う。おかしな関係だなと思う。 「今さら罪悪感覚えちゃった? あいつをウチらに差し出したの、アオイだもんね?」 「やめてよ!」 「あいつがいなくなって、次は自分の番だって思ってる? 呪いなんてくだらないこと言って、ウチらをビビらせて、牽制してるつもり?」  ユリは立ち上がり、アオイの前に立った。見下ろされる格好となり、逃げ場がない。 「ええー、アオイ、そんなこと考えてたの? スミレ、きっと呪いだと信じちゃったんだよ。それで、おかしくなって死んじゃったなら、スミレがかわいそうだよ」  カスミも立ち上がり、アオイを見下ろす。 「違う! そんなこと考えてない! でも」  普段のアオイなら、二人からのプレッシャーに何も言えなくなっているはずだ。けれど、アオイは青褪めながらも続けようとした。 「でも、何?」  反論されたのが気に入らなかったのか、ユリは冷たい声で聞き返した。 「……聞こえるの。あいつの声が」 「はあ? 嘘吐くならもっとマシなこと言いなよ」 「そうだよ、ユリの言うとおりだよ」 「本当だよ! ずっと、ぶつぶつ呟いてるの。四六時中、耳元で囁かれてるのよ!」  アオイは耐えきれなくなったのか、大声で叫んだ。 「姿だって見えるわ。今もワタシたちを見ているんだから! そこで!」  アオイはわたしが立っている場所を指さした。わたしはおもむろに後ろを向いたが、カラオケボックスの壁があるだけだった。カスミもユリも怪訝な表情を浮かべている。 「……お願い、もうやめて」  アオイは蚊の鳴くような声で懇願し始めた。 「……ねえ、ユリ、ヤバくない? アオイ、完全に頭おかしいよ」 ユリは苛立たしげに息を吐いた。 「……はあ。もう、いいよ。カスミ、帰ろ」 「あ、待ってよ」  ユリとカスミはアオイを置いて、出て行ってしまった。わたしは残されたアオイに語りかけた。 「アオイは、いつもそうだね。謝るばかりで、何もしない。じっと蹲って、嵐が過ぎ去るのを待っている」 「やめて……やめてよ」 「謝ればいいと、思ってる。謝れば、許されると思ってる」 「やめてってば!」  アオイは耳を抑え、頭を振った。 「……謝るから、許して……お願い……」 「ああ、ほらね、やっぱりそうなるのよ、アオイは。取り返しがつかなくなってからじゃあ、遅いのに」  アオイとわたしの周囲で、ピシピシと音が鳴る。まるで世界がひび割れていくように。 「もう、遅いの」  突風が巻き起こる。テーブルの上のグラスが落ちて砕けた。 「遅いのよ、アオイ」 「いやあああ!」  アオイは絶叫し、砕けた破片を耳に突き立てた。そんなことをしても無意味なのに。耳から血を流すアオイを眺めながら、わたしはぶつぶつと呟き続けた。
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