21人が本棚に入れています
本棚に追加
/30ページ
***
「スミレ、死んじゃったね」
いつものカラオケボックスの一室。カスミがぽつりと呟いた。
ユリはちらりとカスミを一瞥し、すぐにスマホに目線を落とした。アオイは青褪めた表情で俯いている。わたしは「そうね、死んだわ」と頷き返した。隣でアオイがびくりと体を震わせた。
スミレが駅のホームから落ちて死んだことは、その日のうちに学校中に広まった。午後の授業が早めに終わると、ユリたちはたまり場にしているカラオケボックスに集まった。誰もマイクを握ろうとしない。誰も、歌う気がないのは明らかだ。けれど、いつもの場所で、いつものように過ごさなければ落ち着かないのだろう。
「やっぱり、あいつの呪いとか祟りなのかな?」
不安そうなカスミに、「バカ言わないで」とユリが鼻で笑った。
「事故か事件か、警察が調べてるって言ってたじゃない」
「どっちでもなかったら?」
「自殺でしょ」
「スミレは自殺するような子じゃないよ」
珍しく、カスミが食い下がった。ユリの柳眉がぴくりと動く。不快になった合図だ。
「この話、もうやめない? どっちみち、ウチらがどうこうできるもんじゃないでしょ」
「でもさ、もしスミレがあいつのせいで死んだんだとしたら、次、あたしたちの番じゃん!」
カスミがヒステリックに叫ぶ。
「ウチらが何したの? あいつを殺した? 違うでしょ? あいつが勝手に死んだの!」
ユリは苛立ちを込めて宥める。けれど、カスミは止まらなかった。
「でも、スミレ、言ってた! あいつがいたって! ユリだって今朝見てたじゃん! スミレが誰もいない場所に向かって叫んでいるところ!」
「……妄想でしょ。もしそのせいでスミレが死んだなら、アオイのせいよ」
「……な、何で」
唐突に、矛先がアオイに向けられた。青褪めた顔がますます白くなる。
「だって、アオイがあんなこと言うから。スミレが本気にしたんじゃないの?」
「そんな……言いがかりだよ」
アオイはぶんぶんと頭を振った。だが、ユリは追及を止めなかった。
「あいつに同情的だったよね、アオイ」
「そういえば、あいつをあたしたちに紹介したのってアオイだよね」
カスミもユリに便乗する。ユリが「黒」と言えば、カスミも「黒」と言う。共通の敵を作り上げてしまえば、カスミは嬉々としてユリに従う。おかしな関係だなと思う。
「今さら罪悪感覚えちゃった? あいつをウチらに差し出したの、アオイだもんね?」
「やめてよ!」
「あいつがいなくなって、次は自分の番だって思ってる? 呪いなんてくだらないこと言って、ウチらをビビらせて、牽制してるつもり?」
ユリは立ち上がり、アオイの前に立った。見下ろされる格好となり、逃げ場がない。
「ええー、アオイ、そんなこと考えてたの? スミレ、きっと呪いだと信じちゃったんだよ。それで、おかしくなって死んじゃったなら、スミレがかわいそうだよ」
カスミも立ち上がり、アオイを見下ろす。
「違う! そんなこと考えてない! でも」
普段のアオイなら、二人からのプレッシャーに何も言えなくなっているはずだ。けれど、アオイは青褪めながらも続けようとした。
「でも、何?」
反論されたのが気に入らなかったのか、ユリは冷たい声で聞き返した。
「……聞こえるの。あいつの声が」
「はあ? 嘘吐くならもっとマシなこと言いなよ」
「そうだよ、ユリの言うとおりだよ」
「本当だよ! ずっと、ぶつぶつ呟いてるの。四六時中、耳元で囁かれてるのよ!」
アオイは耐えきれなくなったのか、大声で叫んだ。
「姿だって見えるわ。今もワタシたちを見ているんだから! そこで!」
アオイはわたしが立っている場所を指さした。わたしはおもむろに後ろを向いたが、カラオケボックスの壁があるだけだった。カスミもユリも怪訝な表情を浮かべている。
「……お願い、もうやめて」
アオイは蚊の鳴くような声で懇願し始めた。
「……ねえ、ユリ、ヤバくない? アオイ、完全に頭おかしいよ」
ユリは苛立たしげに息を吐いた。
「……はあ。もう、いいよ。カスミ、帰ろ」
「あ、待ってよ」
ユリとカスミはアオイを置いて、出て行ってしまった。わたしは残されたアオイに語りかけた。
「アオイは、いつもそうだね。謝るばかりで、何もしない。じっと蹲って、嵐が過ぎ去るのを待っている」
「やめて……やめてよ」
「謝ればいいと、思ってる。謝れば、許されると思ってる」
「やめてってば!」
アオイは耳を抑え、頭を振った。
「……謝るから、許して……お願い……」
「ああ、ほらね、やっぱりそうなるのよ、アオイは。取り返しがつかなくなってからじゃあ、遅いのに」
アオイとわたしの周囲で、ピシピシと音が鳴る。まるで世界がひび割れていくように。
「もう、遅いの」
突風が巻き起こる。テーブルの上のグラスが落ちて砕けた。
「遅いのよ、アオイ」
「いやあああ!」
アオイは絶叫し、砕けた破片を耳に突き立てた。そんなことをしても無意味なのに。耳から血を流すアオイを眺めながら、わたしはぶつぶつと呟き続けた。
最初のコメントを投稿しよう!