*仁科佳純*

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 *** 「やあ、おかえり」  レオが事務所に戻ると、スピカは優雅に足を組み、二杯目の紅茶を飲んでいた。 「彼女の様子はどうだったかな?」 「めちゃくちゃ怒ってたぞ。ひとが傷ついてんのに助けないなんてありえないって」 「予想通りの反応だね」 「俺もどうかと思うぞ。せめて庇うとか守るとかしろよ」 「彼女が殺す気であればそうしたけれどね。そこまでではなかったよ、今のところは」  スピカの軸は世間一般の人間とズレている。自分が納得すれば、霊の言い分を是とする。かといって、安っぽい同情ではなく、生者も死者も同様に理知的に耳を傾ける。  除霊の仕事を請け負うのだから、霊の言い分を聞いてどうするのかとレオは思う。しかし、そういう自分は死に至った経緯や境遇にいたく同情してしまうタチなので、スピカには取り込まれてしまうから過度に心を寄せるなと戒められている。  霊の言い分を聞くスピカと何が違うのかと納得いかないが、感情に流されるのと理性的な判断を下すのには天と地ほどの差があると言い返され、結局話は平行線に終わる。 「でも、彼女は困ってここに来たんだろ? だったら、彼女の味方をするのが筋じゃねえの?」 「これからはそうするよ。依頼を請け負ったからにはね」  スピカは涼しい顔で答えた。 「依頼とか関係なく、困ってる人がいたら助けろよ」 「僕はお前ほどお人好しじゃないんだ。だが、何もしていなかった訳じゃないよ。彼女が霊障を起こしてくれたおかげで、彼女を知ることができた。あれは、特殊だ」  スピカの琥珀色の瞳が煌めく。まるで新しい玩具を見つけた子どものような無邪気さだ。レオはあれこれ言うのを諦めた。今は除霊対象の話が優先だ。 「どう特殊なんだ?」 「成長速度が速いんだよ」 「は?」  霊が成長するとはどういう意味だろう。怪訝な顔をするレオを無視して、スピカは話題を替えた。 「それよりレオ、夏実さんから例の物を受け取ってきてくれたかい?」 「ああ、これだろ?」  先ほどは扉を開けるなり、室内に鎌鼬が吹き荒れていたので、すっかり気が動転していたが、スピカに頼まれた品はちゃんと机の上に置いていた。 レオは風呂敷に包まれた品を見つめながら、「あれ、何だ? 大きさの割には軽かったけど」と尋ねた。 「あれは呪具の一種だよ」 「呪具って、呪術に使う道具だよな?」 「そうだよ。開けてごらん」  レオは風呂敷を解いた。中身は木製の箱のような形状をしていた。だが、蓋はなく、物を入れる容器ではなさそうだ。 「これに霊を取り込ませてみようと思ってね。除霊のたびにお前の体に取り込ませて、僕が祓っていたのでは、お前の身がもたないだろう?」  スピカの除霊方法は変わっている。霊を物体に取り込ませて、その物体を破壊するのだ。すると、取り込まれた霊は消滅する。  物体であれば生身の人間がもっとも最適だという。この世に浮遊する大半の霊は人間だったからだ。無機質な物体や動物と比べて、生前自分と似た形のものに馴染みやすいらしい。  とくにレオのような引き寄せやすく、取り込みやすい体質の人間は最高の容器だ。とはいえ、人間の場合、破壊するわけにはいかない。鳩尾に一発。これで充分である。  といっても、痛いものは痛い。除霊のために格闘技を習ったというスピカの拳は重く、体格に恵まれたレオであっても正直しんどい。事情を知らない人が見たら、パワハラと間違われるだろう。 「でもよ、どうやって取り込むんだ?」 「お前が箱を持って引き寄せる。すると、お前ではなく箱に取り込まれるというわけさ」 「で、対象が入った箱をお前が壊すんだな?」 「そのとおり。僕は、視ることも聞くこともできるけれど、物体を通してでしか除霊ができないからね。回りくどい方法だが、仕方ない」 「殴られるより断然いいけどな」  レオは寄木細工の箱をしげしげと見つめた。全体的に黒ずみ、年季が入っている。 「なんか、見た目ふつうだな」 「構造自体はからくり箱と同じだよ。人の手では決して開けることはできないけれどね」  恐々持ち上げてみる。どの面もまったく異なる模様が施され、工芸品としても通用しそうだ。 「壊すのがもったいねえ気もするな」 「道具は使うためにあるんだ。もったいがっていては本末転倒だよ」 「そうだけどさ。明日の除霊にこいつを使うのか?」  スピカはカスミが座っていたソファを見つめながら、「そうだね」と答えた。上等な革でできたソファは、先ほどの鎌鼬のせいでところどころ切り裂かれていた。 「もっとも、彼女がこの箱に収まってくれればよいのだけれど」  スピカは楽しむようにくすくすと笑った。
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