*義眼の霊能者*

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***  スピカとレオが向かったのは警察署近くの公園だった。樹木が色づいていた時期は終わり、枯葉を地面にまき散らしている。  呼び出された刑事――高城千秋はスピカを見つける思い切り顔をしかめた。昨日の現場で見せた以上のしかめ面だったが、スピカは気にした様子もなくにこやかに片手を上げ、「やあ、千秋先輩。お久しぶりですね」と声を掛けた。 「白々しい。昨日会ったばかりだろうが」 「昨日は互いに初対面のフリをしていましたからね。早速ですが、昨日の件について確認したいことがあります」 「カラオケボックスの件なら、いちおうまだ捜査中だ。傷害事件としてな」  わずかに目を逸らしながら高城は言った。スピカからの呼び出しには応じたものの、あまり乗り気ではない態度だ。 「彼女は死んだのに?」 「はあ……やっぱり、仁科佳純のことは知っていたか」 「ええ、テレビのニュースで。交通事故で死亡というのは、間違いないですね?」 「ああ。即死だったそうだ。運転手によると、横断歩道の信号が赤にも関わらず、突然車道に飛び出してきたらしい」 「ほかに目撃者は?」  高城はじろりとスピカを睨んだ。 「そう簡単に捜査情報を漏らすと思うか?」 「おや、ではなぜ僕の呼び出しに応じたんです? てっきり協力してくれるものだと期待したのですが」  スピカは残念そうに眉を下げた。同情を誘うような、計算し尽くされた表情の変化は見事なものだ。だが、高城は「そんな顔しても絆されないからな」と突っぱねた。 「お前の呼び出しを無視したら、後が怖いからだよ!」 「僕は何もしていませんよ。ああ、でも、しばらくは女性が多く集まる場所には行かない方がいいですね。余計なものまで連れて帰っても知りませんよ。今だって……ああ、これはひどい」  高城の腰辺りを見ながら顔をしかめる。 「おい、何が視えてるんだよ」  元々血色の悪い高城の顔から血の気が引いていく。 「ここで話してもいいのですか? 先輩の沽券に関わりますが?」 「……やめてくれ」  深々とため息を吐き、高城は観念したようにベンチに座った。レオは、スピカと高城の力関係を見た気がした。 「ったく、そういうところだよ。相変わらず手段を選ばない奴だな」と文句を言いながらも、高城は話し始めた。 「今のところ目撃者はいないな。夜で、人気もなかったようだ」 「そうですか」 「仁科佳純を跳ねた車にはドラレコがついてなかった。周辺の防犯カメラを当たってみるが、何も出ないと思うぜ」 「だといいですが」 「まさかとは思うが、霊の仕業とか言うなよ?」  胡散臭そうに高城が釘を刺す。 「さて、どうでしょう。それを今、調べているんですよ。彼女は我々の依頼主でしたから」 「依頼?」と首を傾げたが、すぐに「ああ、昨日カラオケボックスで話してた件か」と頷いた。 「除霊を試みた際、錯乱した仁科佳純がカッターナイフを振り回して巳波侑里を切りつけたんだったな」 「その後、彼女とは話しましたか?」 「巳波侑里か? 怪我自体は大したことなかったが、仁科佳純に切りつけられたことが相当ショックだったようでな。病院に運ばれたあと、俺たちが会いに行ったときは話せる状態じゃなかった。今日もこれから病院に行くが、あの様子じゃ無理だろうな」 「昨日の今日ですからね。しかし、そうですか。彼女でもショックを受けるんですね」  レオも意外に思った。正直、怒りこそすれ、ショックを受けるような繊細さを持ち合わせていないように思えたからだ。 「どういう意味だ?」 「除霊の対象は彼女たちのいじめが原因で自殺したとされる女性の霊です。どうやら、彼女たちは他人に対して攻撃的あるいは軽視する傾向が強いようでして。さすがに仲間から攻撃されたのは堪えたようですね」 「そういえば、昨日の三人――巳波侑里、仁科佳純、東野碧依は先日電車に轢かれて死んだ女子生徒とも仲が良かったらしいな」 「へえ?」  スピカが興味深そうに首を傾げる。高城は口を滑らせたとばかりに焦った。だが、後の祭りである。 「それは、『スミレ』さんのことですか?」 「やっぱり知ってるのかよ」  唸るように高城は呟いた。 「名前のみですが。仲間内でもっとも過激にいじめていたのは彼女のようですね」 「木田澄玲か」 「彼女の死は事故ですか? それとも」 「事故だ。状況から見て、そう判断した。防犯カメラの映像からも第三者の関与は疑われない。だが、気になる点がないわけじゃない」 「というと?」  開き直ったのか、高城は詳しく話し始めた。 「木田澄玲は駅のホームから転落し、電車に轢かれて死んだ。防犯カメラの映像を見るかぎり、自分から落ちていった。まるで、何かから逃げるようにな」 「逃げる?」 「ああ。しばらくホームのベンチに座っていたと思ったら、立ち上がってホームの端まで歩いていった。すると、驚いたように後ろを向いた。そのまま後退って、落ちた」 「何に驚いていたのでしょうか?」 「わからん。柱の影になっていたんでな。誰かがいたことは間違いないが」 結局、誰だったのか特定には至っていない。木田澄玲の死は事故として処理された。 「霊に怯え、逃げようとして落ちたというのもありえそうですね」 「仮に霊の仕業だったとして、法的に問える訳ないだろ」 「それは僕たちの管轄ですね。レオ、彼女の周辺も洗ってみようか」 「お、おう」  二人の会話を黙って聞いていたレオは、突然話を振られ、弾かれたように頷いた。高城はうろんげにレオを見た。 「今はこいつにやらせてんのか?」 「ええ、彼は先輩以上の逸材でして。引き寄せるうえに、取り込むんですよ」 「目を輝かせて自慢することか。お前に振り回され続けた暗黒の二年間を忘れたわけじゃないからな」 「え、そんなにひどかったんすか?」  思わず口を挟んでしまった。高城の過去は、レオの未来でもある。今後スピカと活動していくにあたって、気になるところだ。 「こいつと組むなんて正気じゃないぞ。お前、こいつに弱味でも握られてんのか?」  辛辣な質問に、首を横に振る。 「弱味は握られてないっす。家と就職先を一度に無くした時に拾ってもらったっつーか、面倒見てもらってる感じで」 「つまり、僕は家主でもあり雇い主でもあり恩人でもあるわけです」 「こいつに人生売り渡したようなもんだろ。ご愁傷様」  高城は憐れみの眼差しをレオに向けた。スピカに振り回され続けた高校時代の話を聞いてみたいような、知りたくないような複雑な気持ちになった。 「では、彼女たちの周辺と除霊対象を探ろうか」 「探るっつっても誰をだ? 木田澄玲と仁科佳純はもう死んでるんだぞ」  スピカはすこし首を傾げて考えた。 「では、千秋先輩は三島美鶴の死因について調べてもらえませんか?」 「三島美鶴?」 「誰だ、それ」  高城とレオの声が重なった。 「今回の除霊対象だよ」 「俺、聞いてねえけど。いつの間に名前調べてたんだよ」 「初めて対面したとき、彼女が自分で名乗っていたよ」 「言ってなかったかな?」と白々しく首を傾げるので、「聞いてねえよ!」と怒鳴り返した。 「本当変わってねえな、そういうとこ」  高城は呆れていた。 「で、そいつの捜査情報を流せって?」 「今さらでしょう? この件には充分関わってるんですから。それに、また死人が出るかもしれませんよ?」  高城の盛大な舌打ちが響く。 「これだからお前と関わるのは嫌なんだ」 「お礼に、無料で祓って差し上げますよ」  今度は高城の肩あたりを見つめながらスピカは微笑んだ。 「……ちなみに、今何人いる?」 「僕と目が合うなり消えたのが二人なので、今は三人ほどですね」 「ち、わかったよ」  高城は「どおりで最近疲れやすかったわけだ」と呟いた。この人もずいぶん苦労してそうだなとレオは思った。 「僕は木田澄玲と仁科佳純をあたろう。生前何があったのか、もっと情報が欲しい」 「どっちから調べる?」  当然ついていくものとばかり思っていたが、スピカは「自分ひとりで動くよ」と断った。 「レオにはほかに頼みたいことがある。夏実さんの店に行って、呪具について聞いてきてほしいんだ」 「いいけど。何を聞いてくればいい?」 「霊の力を短期間のうちに強くする方法あるいは道具があるかどうか」 「わかった」 「では、またのちほど」  スピカは一礼して、颯爽と歩いて行った。レオも、頼まれたとおり夏実の店へ向かおうとする。すると、「おい、お前」と立ち上がった高城に呼び止められた。面と向かって立つと、レオよりやや背が低かった。 「あいつんトコで世話になってるって言ってたな」 「はあ、まあ」 「家と就職先を一度に無くしたってどんな状況だよ」 「えーと」 「いや、いい。踏み込みすぎた」  言い淀むレオに、高城は待ったをかけた。レオはきょとんとして、「別に、構わないっすよ」と言った。 「俺、説明下手だから何て言ったらいいかわかんねえだけで」 「じゃあ無理して説明しなくていい。あいつに関わってるだけでお前は充分不幸だ。がんばれ」  憐れみと慈愛に満ちた顔で肩を叩かれ、励まされた。高城にとって、スピカは疫病神なのだろう。  端的に言えば、引き寄せやすいレオの体質が災いした。専門学校卒業後、内定が出ていた会社は業績不振で倒産し、住んでいたアパートは火事で焼け落ちた。度重なる不幸は、レオに取り憑いた霊の仕業だった。  レオに恨みがあった訳ではない。取り憑いただけで、周囲に影響を及ぼしていたのだ。よい影響であれば守護霊となったかもしれない。悪い影響しか与えなかったので、たまたま居合わせたスピカに悪霊と断じられて祓われてしまった。そしてそのまま、スピカの事務所に連れてこられ、助手として働かないかと誘われ、今に至る。 「俺が言うのも何だが、怪しいと思わなかったのか?」 「屋根があればいいかなって、その時は思ったんす。給料も出るなら、まあいいかって感じで」 「肝が据わってるっつーか、お前も相当変わってんな」  そうだろうか。自分ではわからず、レオは首を傾げた。 「ところで、あいつの義眼について知ってるか?」  唐突な質問だったが、琥珀色の右目を思い出しながら、「特殊な義眼だと聞いたことあるっす」と答える。 「嘘か本当か、死んだ双子の弟が憑依してるんだと」 「マジか」  初耳だった。 「あいつの除霊方法が物理一択なのは、お経や祈祷だと弟の霊まで祓われちまうから避けてるらしいぞ」 「そういえば、霊能体質なのは右目のおかげだって前に言ってたような」 「どういう原理かさっぱりだが、弟の霊が憑依していることと関係してそうだな。まあ、知ったこっちゃないが」  付き合いが長い高城はスピカについて詳しく知っているようだ。レオは興味を持った。 「千秋サンは、見たことあるんすか? 弟の霊」 「ねえな。俺とつるんでた時は、俺が引き寄せた奴を片っ端からぶん殴ってたからな」  やっぱり殴られていたらしい。妙な仲間意識が芽生え、「あいつの拳、見た目以上に重いんすよね。いっつも腹に青あざできて」と愚痴ってしまった。すると高城は引き攣った顔で、「いや、ボディはねえわ」と言った。 「え? だって今、ぶん殴ってたって」 「霊を、直接だよ。肩辺りに漂っている奴をストレートで」  高城は拳を固め、殴るフリをした。 「えぇ……俺、毎回鳩尾に入れられるんすけど」  鳩尾への衝撃は、胃が飛び出るかと思うほどだ。 「つーか、物体を通じてしか祓えねえって話じゃないんすか」 「ああ、そりゃ強い奴なら、そうだろうな。俺が引き寄せてたのは低級霊や雑霊ばっかだったから、拳を振るって空気を振動させるだけで祓えちまうんだと」  柏手を打つのと似たような原理なのだろうか。「何でもアリっすね」と答えるしかなかった。 「存在自体がチートなんだよ」  高城はゴキゴキと肩を鳴らし、「……三人か」と呟いた。 「お前も視えんのか?」 「俺はさっぱり。たまにいるなあって感じるくらいで、あんまわかんないっす」 「なのに、あいつと組んでんのか」 「働き口用意してくれたんで。給料分は働かねえと」 「うん、まあ、お前がいいならいいわ」  高城は深々とため息を吐き、「あいつに深入りするのは程々にしろよ」と忠告して去って行った。レオはしばらく、寒そうに背中を丸めて歩く高城の後姿を見つめていた。わざわざ呼び止めたのは、どうやら自分を心配してくれてのことらしいと思い至り、スピカが高城を選んだ理由が分かった気がした。
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