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それから数日間、スピカは調べ物があると言って、事務所に戻らなかった。
スピカがいない間、レオは事務所の整理や掃除をして過ごした。スピカの指示がなければ、基本的に暇だ。本業である占いも、基本的にはオンラインのみで、スピカが対応している。そちらの運営状況はレオにはさっぱりだが、それなりに繁盛しているようだ。
占いの依頼から相談に発展し、除霊の仕事を請け負う場合も稀にある。それがいつの間にか評判になり、今回のように除霊の依頼が単独で舞い込んでくるケースもあった。いっそそっちを本業にしたらどうかと思うのだが、スピカにとって除霊の仕事はあくまでも副業という位置づけだった。
事務所内をくまなく磨き上げ、いよいよやることがなくなった頃、スピカに呼び出された。高城とも情報共有をしたいということで、指定された喫茶店に向かう。店の前で高城と鉢合わせたので、一緒に店に入った。平日のランチが終わった頃合いのためか、客はまばらだった。
スピカはなぜか高校の制服を着用していた。カラコンを入れているのか、琥珀色の目は黒かった。レオと高城は互いに顔を見合わせた。
「彼女たちと同年代のフリをした方が話を聞きだしやすいと思ってね」
すでに注文を済ませたらしく、運ばれてきた紅茶を飲みながら二人の疑問に答えた。口に合う味なのか、満足そうに口元を緩めている。
「変装か。まあ、お前ならバレねえよな。童顔だし」
「ひと言余計だよ、レオ」
席に着くなり、テーブルの下で脛を蹴飛ばされた。足癖の悪い雇い主だ。二人も注文を済ませる。食事をとっていなかったので、レオは軽食も頼んだ。
「お前の右目が黒いって、なんか新鮮だな」
レオが言うと、スピカは煩わしそうに右目のカラコンを取り、丁寧にハンカチに包んだ。見慣れた琥珀色の目に戻る。
「さて、千秋先輩の方はどうでしたか?」
高城は「俺の担当じゃないから詳細まではわからんが」と前置きしてから話し始めた。
「三島美鶴の死因は、自宅の階段から落ちて頭部を強打したことによる脳挫傷だ。つまり、事故死ってことになる」
「彼女たちは自殺だと言っていましたが?」
高城は眉をひそめた。
「何でそんな話になったかは知らん。だが、警察の見解は事故死だ」
「まあ、噂なんてそんなものでしょう」とスピカはすんなり引き下がった。
「それに、なぜ死んだかなど彼女たちにはどうでもいいのです。自殺だろうと、事故死だろうとね」
「でも、お前は知ってんじゃねーの? 彼女と話したんだろ?」
タイミング悪く、注文した飲み物やサンドイッチが運ばれてきた。店員が去ってから、スピカは口を開いた。
「彼女は殺されたと言っていたよ」
「はあ!? 全然違うじゃねーか!」
「おい、幽霊の証言を鵜呑みにする気か?」
レオと千秋に詰め寄られ、スピカはうるさそうに眉根を寄せた。
「殺されたという意味合いにもよるだろうね。第三者によって直接に殺されたのか、あるいは精神的に追い詰められ死を選んだことをもって殺されたと言ったのか」
「でも、どっちにしろ事故死にはならねえよな?」
「事故で片付けちまってるんだ。再捜査も司法解剖もできねえぞ」
「わかってますよ」
冷静に答え、紅茶を飲む。サンドイッチを食べていたレオは閃いた。
「なあ、もう一度彼女に聞いてみりゃいんじゃね? そうすりゃ犯人もわかるだろ」
レオの思いつきをスピカは即座に否定した。
「理論的かつ理性的な存在なら、苦労しないよ。彼らは一方的に訴えてくるだけだ。僕は彼らの恨み言やら愚痴やらを聞いているだけに過ぎない。そこから断片的な情報を繋ぎ合わせて状況把握しているんだよ。まともに会話が成り立つのは稀なケースだね」
「呪ってる相手がわかってんなら、そいつらを調べるしかないだろうな」
高城の言葉にスピカが頷く。
「仁科佳純については、巳波侑里と幼馴染であること以外、有益な情報はありませんでした。むしろ、巳波侑里の方が話題に事欠かない人物のようですね」
「たとえば?」
コーヒーを飲みながら、高城が尋ねる。
「代々続く地元の名家で、地域や地元企業への影響力が強い一家らしいですね。たしか曽祖父が実業家、祖父が政治家で、父親が会社社長だとか」
「社会的地位が高い人間に囲まれて育ったお嬢様か。高飛車な感じがする子だとは思ったが、まんまじゃねえか」
「本人も有名なようですね。美人で才覚もあり、昔から人の中心にいるようなタイプだったと。これはご近所の方の証言です」
「マジでその恰好で聞き込みしてきたのかよ」
レオが驚くと、「彼女について知りたいと話したら、彼女に片思いしている健気な男子高校生と勘違いされたよ」と冗談ともつかない返しがあった。
「お前みたいな器量よしだから許されるんだよ。ふつうの男がやったら、ふつうにストーカー扱いされるからな」
高城は恨みがましそうに言い捨てた。嫌な思い出でもあるのかもしれない。
「ほかにも色々ありましたが、今回の件には関係なさそうなので割愛します。木田澄玲はもっと興味深いですよ」
「木田澄玲の家にも行ったのかよ。相変わらずフットワーク軽いな」
「彼女の母親はあまり話してくれませんでしたが、妹の木田葉月とは話せました。妹は除霊対象と接触していたみたいですね」
「え!?」
「どういう意味だ?」
レオと高城がそろって驚きの声を上げた。
「姉の友人と言われ、伝言を頼まれたらしいです。ですが、よくよく話を聞いてみると幽霊とは違うようですね」
「違う? 意味がわからん」
高城が首を傾げる。
「つまり、除霊対象に瓜二つの生きている人間がいるということです」
「双子の姉妹か何かか?」
レオの問いにスピカは頷いた。
「ああ、除霊対象――三島美鶴には、峰村智鶴という双子の姉がいる。名字が異なるのは、幼い頃に両親が離婚したからだ。姉の智鶴は母親に、妹の美鶴は父親に引き取られたそうだよ。姉の智鶴は体が弱く、入退院を繰り返す生活を送っていたらしい」
「わざわざ木田澄玲の妹に接触するってことは、一連の出来事に何かしら関わっている可能性が高いな」
眉をひそめ、高城は唸った。
「彼女の妹いわく、こう伝言を頼まれたそうです。次はお姉ちゃんの番だと」
「何の順番だ?」
「死ぬ順番だろ」
首を傾げるレオに、高城は事もなげに言った。
「三島美鶴は死んだ、次はお前が死ぬ番だってところか。で、実際木田澄玲は死んだ」
「じゃあ駅のホームから落ちたのは峰村智鶴のせいなんすか?」
「彼女が直接手を下したわけではないのは、防犯カメラの映像や目撃者の証言から明らかだ。だが、木田澄玲を精神的に追い込むことには成功しただろうな。事故でも自殺でも、彼女が死ねば結果オーライだ」
スピカも頷く。
「そうですね。ここ最近の彼女は何かに怯えたり夜中に大声を上げたりと情緒不安定だったそうです。母親ともうまくいってない様子で、ひそかに案じていたそうです」
「妹の証言か?」
「ええ。姉の死にひどくショックを受けていましたが、疑問も抱えていたようです。姉は誰かに殺されたのではないかと」
「おかしな伝言頼まれたりしたなら、何かあるって思っても仕方ないか」
痛ましそうに高城は眉をひそめた。
「とても聡い子でしたよ。姉と母親の不仲にも心を痛めていたようですね」
「そんなに仲が悪かったのか?」
「さて、詳細まではわかりかねますが、母親の態度からも良好とは言えないでしょうね。悲しみながらも恨み言を吐いていましたから。死んでまで親に迷惑かけるなんて、とね」
「そりゃ相当だな」
高城は顔をしかめた。黙って聞いていたレオはぼそりと呟いた。
「……親子っつっても合わねえときは合わねえんだよな。いっそ他人の方がマシってくらいにさ」
「……お前も色々ありそうだな」
「あ、すんません。話の腰折っちまって」
レオは慌ててぺこっと頭を下げた。
「あと、これも妹の証言ですが、木田澄玲は過去に自殺未遂を起こしています」
「マジか」
驚く高城の隣で、レオも目を丸くした。
「風呂場で手首を切ろうとしたところを妹に見られて、踏み止まったそうです。誰にも言うなときつく口止めされていたそうで、泣きながら話してくれました」
「自殺未遂の理由は?」
「これは中学の同級生の証言です。どうやら彼女は中学生の頃、学校でいじめられていたようですよ」
レオも高城も言葉を失った。
「リーダー格の男子生徒が転校するまでの半年間続いたそうです。悪口を言われ、暴力を振るわれ、死を考えるほど追い詰められたようですね」
「家族や学校に相談は?」
「おそらく、なかったかと。母親との関係から推察するに、打ち明けられる状況ではなかったのでしょう。当然、学校にも相談はなかったと思いますよ。相談すれば、必然的に家族の耳に入りますから。親しい友人もいなかったみたいです」
「でも、妹は自殺しかけた現場に鉢合わせたんだろ? 理由は聞いてないのか?」
レオの問いに、スピカは首を振った。
「詳しくは聞いてはいないそうだ。だが、友達とうまくいっていないと話していた覚えがあると言っていたよ」
「しかし、いじめの被害者が加害者になるとはな。わからんもんだな」
高城は腕を組み、渋面を作った。
「被害者のままではいられなかったのでしょう」
「自分をいじめた奴に復讐するんならまだわかるが」
腑に落ちない様子の高城に、レオは思いついたように言った。
「あー、自分がやられたんだから、自分も誰かにやり返したっていいはずだ、みたいな?」
「そんなところかな」
「お前、さらっと本質突くよな」
ぎょっとしたように、高城はレオを見た。
「木田澄玲の心理はともかく、自分が加害した三島美鶴と姉の峰村智鶴に追い詰められて彼女は死んだ。そう考えていいだろう」
「あ、じゃあ、夏実サンの呪具を買ったのって、峰村智鶴かも」
レオが閃いたように言った。スピカと高城の視線がレオに注がれる。
「夏実サンが何か教えてくれたのかい?」
「ああ。周囲の負のエネルギーを集めて霊を悪霊化する呪具を作って、知り合いの行商人に売ったんだとさ」
「その話、もっと詳しく話してほしい」
スピカに請われ、夏実から聞いた話をレオは話した。説明に困って言葉に詰まれば、スピカが「つまり、こういうことかい?」と助け船を出してくれた。おかげで、なんとか夏実の話を正確に伝えられた。
「夏実サンて、呪術道具作ったり売ったりしてるおっさんだよな?」
高城がレオに尋ねた。
「そうっす。会ったことあるんすか?」
「一度だけな。こいつに連れられて。無愛想なおっさんだろ」
「そんなことないっすよ」とレオは首を振った。いかつい顔をしているせいで一見近寄りがたいが、話せばふつうに対応してくれる。
「あの時は僕がいたからね。きっと僕を見て、動揺したんだろう。どうやら僕は父と生き写しのようだから」
「たまには店に来いって言ってたぞ」
スピカは曖昧に笑うだけだった。
「話を戻そう。峰村智鶴が三島美鶴の霊を呪具で強化しているのは間違いなさそうだ。だが、入院生活が長かった彼女がひとりで動くには限度がある。三島美鶴に何があったのか、誰が関わっているのか、事情を知る情報提供者がいるはずだ」
「目星はついているのか?」
「ええ。彼女――三島美鶴がひどく気にかけていましたから。きっと、彼女ですよ」
スピカがゆるりと笑う。三日月のような鋭い弧を描く口元は確信めいていた。
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