*チヅルとミツル*

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 ***  ミツルの死を告げたとたん、母は倒れた。わたしばかりに構っていたけれど、ミツルのことも愛していたのだ。  愛すべき存在を亡くした母は、そのまま入院となった。心も体も疲れ果てていた。わたしもまた、体調を崩し、退院は延期となった。だが、ただ横になっていたわけではない。  父に頼み込み、ミツルの遺品を預かることにした。ミツルの携帯、学校の制服やカバン、分骨してもらった遺骨など、わたしはミツルの遺品に囲まれて過ごした。それから、父にミツルの死因を教えてほしいと言った。父は、自宅の階段から落ち、頭を打ったのだと言った。  そんなことで呆気なく人は死ぬのだろうか?  わたしはそんな風に思ってしまった。自分など、何度も生死の境をさまよっているくせに、図太くも生きている。  打ちどころが悪ければ、たしかに死ぬかもしれない。けれど、ミツルの異変を感じていたわたしには、何かあるとしか思えなかった。  さらに父は、ミツルが学校を辞めていたことを話してくれた。その理由を、校風が合わないからだと父に話していたらしい。代わりに通信制の高校を見つけていたので、そちらへ転入するのならと、父も承諾したそうだ。初耳だった。  ミツルは、わたしには何も話してくれなかった。話しづらいことではあったのだろう。けれど、打ち明けてくれなかったことがショックだった。心配をかけたくなかったのかもしれない。あるいは、相談したところで頼りにならないと思われたのかもしれない。確認する術はない。ミツルは死んでしまったのだから。  わたしにできることと言えば、ミツルの死の真相を明らかにすることだった。  わたしはミツルの携帯を使い、まずアオイに連絡を取った。ミツルが自宅で死んだと告げると、息を呑む気配があった。そして、「まさか、それって……」と何かを疑うような聞かれ方をしたので、わたしは咄嗟に「自殺だった」と嘘を吐いた。そう言えば、何かしらの反応を引き出せるかもしれないと思ったからだ。  案の定、アオイは泣き出し、すべてを白状した。やはりミツルは学校でいじめられていた。周囲には悟られないように、巧妙に。そして、残虐に。 「あんた、ミツルの友達じゃなかったの? ミツルを見捨てたのね?」  わたしが電話口で詰れば詰るほど、アオイは泣きじゃくり、謝り続けた。そして、ミツルの声が聞こえるのだと言い始めた。自責の念から、おかしくなったのかと思った。  だって、ミツルの霊が現れるなら、わたしのところに現れるはずだ。わたしは、ミツルの双子の姉なのだから。そのわたしを差し置いて、アオイのところに現れるなんて、ありえない。  だが、逆に利用できるとも思った。アオイが罪悪感で苦しんでいるのなら、アオイを使ってミツルをいじめた奴らに復讐してやろうと決めた。わたしの提案に、アオイはすぐに飛びついた。アオイには、いじめた奴らの動向を知らせるように言いつけた。  わたしはまず、ミツルをいじめた奴らの情報を集めた。アオイから聞くだけでなく、ネットやSNSも使った。自宅の住所や出身中学、家族構成や顔写真まで集めることができた。ある時、アオイたちが溜まり場にしているカラオケボックスで霊障が起きたことをアオイから聞かされた。  アオイはミツルの霊に違いないと言い、わたしは当然だと返した。ミツルが怒っているのだ。奴らに復讐しようとするのは当たり前だろう。ただ、わたしの前に現れてくれないのは不満だった。  だが、わたしはすぐに思い直した。ミツルがその気なら、わたしも徹底的に復讐しようと思った。ミツルのために、ミツルを手伝おうと思った。  けれど、わたしからミツルにコンタクトを取る術はない。霊能者ならミツルと交信できるかもしれない。わたしはオカルト系の情報をネットで漁った。けれど霊能者と呼ばれる人物はどれも胡散臭く、信用できそうになかった。諦めきれなかったわたしは、ネットの海を彷徨い続け、あるサイトにたどり着いた。  そのサイトは呪具を販売していた。霊能者以上に胡散臭さを感じたものの、ある人形に目が止まった。こけしのような和風の人形で、作りは入れ子構造になっているらしい。  説明には、死者の霊を使って相手を呪い殺すための道具とあった。これだと思った。ミツルはいじめた奴らを呪い殺してやりたいはずだ。だからわたしではなく、アオイたちのところへ現れたのだ。  わたしはすぐに購入した。添付されていた説明書の通り、人形にミツルの名前を書き、ミツルの遺骨を詰め、自分の髪を巻きつけた。呪いたい相手の名前を書く時、すこし迷って、木田澄玲と書いた。  次に仁科佳純、巳波侑里の順番で殺してやろう。アオイは保留だ。ミツルを見捨てたのは腹立たしいが、今は協力者でもある。  けれど、本当に人形の効果があるのか信じきれなかったので、病院を抜け出しては、木田澄玲の様子を伺った。外出する時は、ミツルの制服を着ていった。わたしをミツルだと勘違いし、怖がればいいと思った。  案の定、わたしをミツルだと思い込んだ木田澄玲を精神的に追い込むことができた。あいつの妹にも接触し、思わせぶりな伝言を残した。病院で遭遇した時はひやりとしたけれど、アオイが上手く誤魔化してくれた。  木田澄玲の状況はアオイを通じて知っていたので、目が窪み、やつれた顔のあいつを見るたびにいい気味だと思った。けれど、生きていては、ダメだ。死んで詫びてもらわなければ。  わたしは後をつけ、機会を伺った。あいつは、学校の前で狂ったように叫んでいた。それから、駅に向かった。しぼらく座っていたかと思えば、ホームの端で立ち尽くしていた。  あいつの肩越しに、ミツルがいた――気がした。  突然あいつが振り向き、驚きの声を上げる。わたしは笑った。  ああ、ミツル、こいつを殺せばいいのね? もちろんよ。  わたしは一歩踏み出した。あいつが後ずさる。また一歩、前へ。 「言ったよね?」 「来ないで!」 「次は、スミレの番よ」  あいつはホームに自分から落ちていった。宙に舞いながら、ようやく気づいたようだ。わたしが、ミツルではないことに。  電車が入電し、スミレは轢かれて死んだ。構内はたちまち騒ぎとなった。わたしは笑ったまま、その場に立ち尽くしていた。見えたと思ったミツルの姿は消えていた。
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