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残るは巳波侑里だった。あいつがすべての元凶なのだ。わたしは人形に名前を書いて入れた。
不思議なことに、名前を書いた紙は、その人物が死ぬと消えてなくなっていた。また、買った時よりも黒ずみ、禍々しい様相を呈していた。わたしは本物の呪具だと確信していた。
注意書きに、立て続けに複数人を呪うと使用者にも災いが起きるとあったが、無視した。ミツルを喪ったこと以上の災いなんて、わたしにはない。
アオイから、除霊が失敗したことと、仁科佳純が死んだことを知らされた。わたしは、次で最後にすると告げ、巳波侑里が入院している病院と病室をアオイから入手した。
「次で、最後よ」
ミツルの遺品を眺めながら、わたしは呟いた。何気なくミツルの鞄を覗く。ノート、ペンケース、ハンカチなどに埋もれるようにして、ボイスレコーダーが出てきた。
胸がざわついた。震える指でボタンを押す。再生された音声データには、ミツルがいじめられる様子が録音されていた。あいつらの嘲笑、罵倒、そして、ミツルの制止する声。ミツルがやめてと懇願しているにも関わらず、あいつらは笑うばかりだった。
怒りと涙が込み上げてくる。聞くに耐えない生々しい音声を、吐き気を堪えながらもわたしは聞き続けた。わたしは知らなければならなかった。あいつらの罪を暴かなければならなかった。
ミツルも同じ思いでいたはすだ。だから、こうしてひそかに録音していたに違いない。
鞄の中からは、いじめ問題に強い弁護士事務所のパンフレットが出てきた。ミツルは訴えるつもりだったのだ。その矢先に死んでしまった。
被害を訴える前に死ぬなんて、そんな理不尽があるだろうか。いや、あってはならない。あいつらの罪をなかったことにはしない。
わたしは最後の音声データを聞いた。それは、ミツルと巳波侑里の口論が録音されていた。ミツルはあいつらを訴えるつもりだとはっきり宣言していた。そして、巳波侑里に謝罪と東野アオイをいじめないという確約を求めた。
あいつはふざけた態度で謝るフリをした。こんな奴ら、どうせ反省なんかしない。訴えても、真に反省することは一生ないだろう。だから、罰を与えなければならない。
ミツルは巳波侑里と揉み合いになったようだ。ガタガタというノイズの後、ガンッと何かが打ちつけられる音と倒れ込む音が続いた。巳波侑里の慌てた声が聞こえる。倒れたのはミツルのようだ。しばらくして、走り去っていく足音があった。
録音は続いていた。数分の静寂ののち、ミツルの呻き声が聞こえた。ミツルはまだ、生きていた。ぷつりと音声が終わる。ミツルが録音を切ったのだろう。
わたしは放心していた。一方で、頭の片隅ではある考えが芽生えていた。打ちどころが悪くても、しばらくは生きて、数日後に亡くなるケースもあると聞く。ミツルの死は、巳波侑里が原因ではないか。あいつがミツルを突き飛ばしたせいで、ミツルは頭を打った。そして、自宅に戻り、運悪く階段から落ちて死んだ。わたしにはその情景が目に浮かぶようだった。
そうだ、原因は巳波侑里だ。
あいつが、ミツルを突き飛ばさなければ、階段から落ちることもなかったはず。あいつが、ミツルを殺した。わたしはその考えに取り憑かれた。
罰を与えなければ。
あいつが生きて、ミツルが死ぬなんて。
そんな理不尽が罷り通ってなるものか。
あいつにも罰を。
死ぬよりもむごい罰を。
けれど、わたしは失敗した。あいつを殺すつもりが、わたしが死にかけている。流血が止まらない。命が流れていく。何もなさぬまま、死にたくない。
せめてあいつを、道連れにしなければ。
わたしは血に濡れた手で、ポケットを弄った。人形は鉛のように重くなっていた。力を振り絞り、握りしめ、ありったけの呪詛を込める。
巳波侑里に罰を。
死ぬよりも残虐な罰を。
生きながら、地獄に堕ちろ!
未来永劫、苦しむがいい!
手の中の人形が熱くなった。ぶわりと何かが膨れ上がる。ミツルだった。憎悪と憤怒に染まり、見た目はすっかり変わっていたけれど、わたしにはわかる。
ミツル。わたしの大事な、妹。
ミツルが唸り声を上げる。
そうね、あいつはミツルが手を下すべきだわ。
わたしは、うっすらと笑い……意識を喪った。
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