*木田澄玲*

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 ***  翌日、登校するとカスミが声を掛けてきた。 「おっはよー……って、スミレ、どうしたの? 顔色悪いよ?」 「そう? 別に何ともないけど」  自分の席にカバンを置き、つとめて普段どおりの口調で返す。本当は夢見の悪さと寝不足であまり気分がよくない。あれから寝つけず、まどろみ始めてすぐに朝を迎えてしまった。 「ふーん。なら、いいけど」  カスミは探るような目つきで私を見てきた。嫌な目つきだ。 「ほら、昨日アオイが変なこと言い出したり、おかしなことあったじゃん。気にしてるのかなって思って」 「まさか。そんなこと、いちいち気にしてなんかないわ」 「だよね! あ、ユリだ。おはよー」  カスミはにこっと笑い、ユリの元へ駆けていった。私は小さく、隠すようにため息を吐いた。  人懐っこく、無邪気なフリをしているが、カスミは油断ならない。ユリに何てチクるかわかったものではない。もし、あいつの夢を見たなんて言ったら。嘲笑うか、侮蔑するか、最悪次のターゲットにされるかもしれない。  アオイと一緒にされるなど、絶対にごめんだ。誰にも、あいつのことを言うわけにはいかなかった。  チャイムが鳴り、席に着く。不意に視線を感じ、窓の外を見やる。誰もいない。けれど、視線がまとわりつく感覚は消えない。  あいつ、だろうか。  私はすぐに自分の考えを打ち消した。ただの気のせいだ。アオイがあんなことを言うからいけないのだ。「ワタシたちを呪い殺す気なんだよ」だなんて。私はアオイの席を睨みつけた。アオイは欠席だった。  腹立たしく思いながら、教科書を開く。けれど、授業の内容は耳を素通りしていった。  もうすぐ二学期の期末テストが始まるというのに、まったく集中できない。地元の公立高校に進学したくない一心で、そこそこ偏差値の高い私立を選んだのだ。ある程度の成績を収めなければ、また母親にグチグチ言われる。うんざりするが、中学の同級生が大勢いる公立高校に入学するよりマシだった。  今の高校だって、母親は学費が高いといい顔をしなかった。それでも、直前の模試でいい結果を出し、担任の後押しもあって、進学を決めた。一時期成績が低迷したけれど、高校入試のために奮起して勉強に励んだおかげで、合格発表の日は珍しく母親が褒めてくれた。母親に褒められたかった時期はとうに過ぎていたけれど。  私はいじめられたくない一心で、この学校を選んだのだ。  高校に入学してからは勉強しなくなったので、母親はまた口うるさくなった。些細なことでも私を目の敵にして口出ししてくる。妹にはしないのに、『出来の悪い姉』という存在がよほど気に入らないのか。  母親は、コンプレックスのある人間だった。私にあれこれと習い事をさせたのも、幼い頃に家が貧乏で自分ができなかったからだ。  自分ができなかったことを子どもに押し付けるなど、いい迷惑だ。  そうと気づくまでがんばってしまった自分もバカだ。そのせいでいじめられたというのに。  中学の時、いじめられた理由は正直よくわからない。ただの難癖だったようにも思う。  あの頃の私は、思うように成績が伸びず、掛け持ちしていた習い事もどれも中途半端になって焦っていた。何もできない自分は、無価値な存在なのだと思い込んでいた。何かひとつ、これというものがあれば、まだマシだったかもしれない。  勉強ができる子、運動が得意な子、音楽や美術などの芸に優れている子。どれも人並みで、平均点で、平凡であっても、みんなに好かれる子。  いろんな子がいる中で、私がターゲットにされたのは、「いじめやすかった」から。  塾と習い事ばかりで、部活にも入らなかった私は、友達がいなかった。いたとしても、どうせ一緒に遊ぶ時間はない。だから、積極的に作らなかった。塾でも習い事でも、親しくなった子はいなかった。  明るくもなく、おとなしかった私は、格好の餌食だったのだろう。目つきが気に入らないと、言われたんだっけ。周りをバカにしてるみたいだとも言われた。お高く止まってるつもりはなかった。ただ、勉強や習い事に必死で、みんなと合わせられなかっただけだ。  最初は悪口を言われるだけだった。けれど、ひとりが始めると、あっという間に悪意は感染する。こいつはいじめていいんだと、みんなが私を攻撃し始めた。  わざと床に落とした給食のおかずを食べさせられる。意味もなく突き飛ばされる。死ねと罵倒される。私物がなくなるのはしょっちゅうだった。  実行する子やまわりで囃し立てる子は少なく、大半が見て見ぬフリをした。当たり前だ。巻き込まれるのも次のターゲットにされるのも誰だって嫌だ。だけど、私はクラス全員を憎んだ。いじめがありつつも、何もしない担任も憎んだ。  安っぽい正義感でもいいから、誰か、助けて欲しかった。私の味方だと、言って欲しかった。結局、誰もいなかったけれど。  私自身、いじめを受ける惨めな私を憎んだ。自分ですら、味方にはなれなかった。  チャイムが鳴り、我に返る。ぼんやりしている間に、授業は終わってしまった。教科書をしまおうと手を伸ばす。すると、机の上にあった教科書やノート、ペンケースまでもが勝手に床に落ちた。クラスの視線が私に集まる。  私は何もしていない。勝手に動いたのだ。驚きに固まっていると、「何してんの、スミレ」とカスミが近寄ってきた。 「全部落ちてるじゃん」 「あ、うん……手を滑らせたみたい」 「豪快にいったねー。ほら、早く拾って、行こう。次、移動教室だよ」  カスミがペンケースを拾い、私に渡してくる。 「スミレ?」 「あ、うん。ありがと」  その背後にあいつがいたような気がして、私は冷や汗が止まらなかった。
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