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不穏な出来事はそれからも続いた。誰かに見られているという感覚がついて回るだけでなく、ラップ音が聴こえたり、物が勝手に動いたりと、およそホラー映画によくあるような現象ばかり起きた。つど驚き、怖がっていたが、しだいに苛立ちへと変わっていった。
文句があれば出てくればいいものを。やることがみみっちく、いやらしい。私の苛立ちは募る一方だった。
「スミレ、最近おかしくない?」
異変が起き始めてから数日経った頃。ユリたちと教室で昼食をとっている時だった。アオイは今日も欠席だった。来たり来なかったりと不規則な日々が続いている。
カスミの問いに、私は弁当のおかずを箸で突きながら「そんなことないよ」と答えた。食欲がない。冷凍食品のハンバーグは、食べられることなく、今日も三角コーナーに捨てられるだろう。
「だって、いっつも顔色悪いし、元気ないっていうか」
カスミはスミレの手元を覗き込んだ。
「もしかして、ダイエット中? 全然食べてないじゃん」
まるっきり見当違いだったが、「まあ、そんなところ」と答えた。誰が正直に言うものかと苛立ちを込めてハンバーグを突いた。
「えー、食べた方がいいよ! スミレ、ダイエットなんかしなくても痩せてるじゃん」
「そんなことないよ」
否定するのも面倒くさい。突いていたハンバーグは形が崩れ、ぐちゃぐちゃになっていた。カスミの明るい声が寝不足の頭にやかましく響く。夢見が悪く、ほとんど眠れていなかった。
あいつに、したこと。私が、されたこと。
境界があいまいで、私はいつも泣き叫んで目覚める。
どうして私がこんな目に遭わなくちゃいけないのよ。勝手に死んだ方が悪いんじゃない。私だって何度も死にたいと思ったし、実際に手首を切ろうとしたけど、結局生き延びたわ。あんたも私みたいに我慢すればよかったのよ。ていうか、不公平よ。私ばかり狙って。ユリだって、カスミだって、同罪じゃない。
「スミレ」
ユリに呼ばれ、はっと顔を上げる。戸惑った様子のカスミとユリが訝しげげに私を見ていた。
「……あ、ごめん、何?」
「何って、スミレこそどうしたのよ。さっきから独り言言って」
まったくの無意識だった。いつから、何を口走っていたのだろう。
「……何でもないわ。ちょっとトんでたみたい」
私は無理やり口角を上げ、笑ってみせた。
「やっぱり食べないとダメだね。頭働かないみたい」
そう言って、ぐちゃぐちゃになったハンバーグを口に運んだ。
「もー、スミレまでおかしくなったと思ったじゃん! ちゃんと食べなよ〜」
カスミは大袈裟なくらい大きな声で言った。その顔には安堵が滲んでいる。私は白けた表情で、明るくしゃべり出すカスミを一瞥した。
カスミは、自分を案じているわけではない。ユリの機嫌を損ねないかを気にしているのだ。他人のせいでユリが不機嫌になることを、カスミは極端に嫌う。私も、ユリの機嫌には神経を尖らせてきた。
ユリとカスミとは、高校に入学してからの付き合いだ。二人……というより、ユリは目立つ存在だった。大人びた美貌を鼻にかけ、周囲を見下す冷たい視線が、私にはたまらなく魅力的に映った。あんな風に振る舞えたら、いじめられなかったに違いない。
入学式のオリエンテーションで一緒のグループになり、ユリたちと親しくなった。正直、私のどこを気に入ってくれたのか、わからない。けれど、気づけばユリたちと行動するようになっていた。
最初のうちこそ、ユリと仲良くなれたことに有頂天になった。私なんかでも、こんなにきれいな友達ができたのだと浮かれた。ユリと一緒にいるだけで、自分の価値が上がった気がした。
それからまもなく、私たちのグループにアオイが加わった。私はあまり気乗りしなかった。卑屈でおどおどした様子のアオイは過去の自分を見ているようで、苛立つからだ。その頃から、ユリは本性を現わした。ユリは、他人を虐げることに悦びを見出すタイプの人間だった。私をいじめた男子と同じだ。けれど、あの頃と決定的に違うのは、私がいじめられる側ではなく、いじめる側にいたことだ。
アオイをいじめるのは気分がよかった。いじめる側の心理がわかった気がした。
楽しいから、するのだ。遊びの延長なのだ。
泣きじゃくるアオイを、私は笑った。
一方で、ユリは気まぐれでもあった。ユリの機嫌しだいで、いつ自分がターゲットにされるかわからない。ユリが望むように、ユリを不快にさせないように、振る舞ってきた。
あいつに対して過剰に攻撃的になっていたのも、ユリを楽しませるためだ。私が痛めつければ痛めつけるほど、ボロボロになったあいつを見て、ユリは美しく笑った。
けれど、実際は、ターゲットにされまいと必死に振る舞う私をも嗤っていたのかもしれない。
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。トイレに行ってくると言い、教室を出る。私はトイレに駆け込み、便器に向かって嘔吐した。
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