*木田澄玲*

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 ***  その夜の夢はいつになく不穏で不快だった。自分がなす術もなく殺される夢など、誰が見たいと思うだろう。  夢の中で、台の上に磔にされた私は、大勢の人間からナイフで滅多刺しにされていた。ユリもカスミもアオイも、無表情で私を刺した。自分をいじめた同級生たちもいた。彼らは笑いながら私の体にナイフを突き立てた。  血が流れる。痛みは感じない。私は泣いて許しを請う。誰もやめようとしない。止めようともしない。  お願い。やめて。死んじゃうわ。  泣けば泣くほど、ナイフの数が増えていく。笑いと悲鳴の不協和音がますます大きくなる。体が見えなくなるくらいナイフを突き立てられた頃。  死ねばいいのよ。  あいつの声がした。いつの間にか、ユリたちは消えて、あいつだけがいた。大振りのナイフを振り上げ、光のない虚ろな瞳で私を見下ろす。  言ったでしょう? 次はスミレの番だって。  悲鳴を上げる間もなく、喉にナイフが刺さった。血が噴き出す。なおも肉に食い込む刃先。骨をも貫通し、やがて私の首はぽとりと落ちた。  夢はそこで終わった。  叫び声を上げながら、私は飛び起きた。咄嗟に喉に手をやる。当然ながら、痛みも出血もなかった。  その後は眠る気にもなれず、ベッドの上で体を丸めて座っていた。いくつかのことが頭をよぎり、泣いたり、笑ったりした。そのうち、声が聞こえてきた。  死ねばいいのよと詰る声。ゲラゲラと嘲笑する声。あんたなんか生きてる価値がないと罵倒する声。いくつもの声が重なる。幻聴だと思ったけれど、何の感慨もなかった。  ようやく朝を迎えた。制服に着替え、登校しようと一階に降りる。こんな状態でも学校に行こうとする自分が滑稽に思えた。ルーティンから抜け出せないのは、思考も精神も麻痺しているせいなのかもしれない。どうでもよかった。 ダイニングルームにいたハヅキと目が合った。心配そうな顔をしていたが、黙って家を出ようとした。  玄関の扉を開ける直前、母親が「いい加減にしてちょうだい」と小言を言ってきた。 「前みたいに毎晩大きな声出して。ご近所にも迷惑でしょう」  前みたいに?  いつだっただろうか。  思い出すように首を傾げた。母親は構わず続ける。 「またお友達とうまくいってないの? いくらストレスが溜まってるからって、あんたの声で起こされる身にもなってちょうだい。ハヅキだって、迷惑してるのよ。お姉ちゃんの声が怖いって」  そうだった。そんなこともあったわね。  私は他人事のように思い出した。  中学生の頃、いじめによるストレスで悪夢を見た時は、よく大声を出して飛び起きていたっけ。  最初のうちは心配していた母親も、何回も続くうちに迷惑だと言うようになった。病院に連れていかれそうになった時は断固拒否した。病院に連れて行かれたら、いじめに遭っていることを話さなければならない。結局、「友達とうまくいっていない」と苦し紛れの嘘を吐いた。私に友達なんていないのに。  いじめられているなんて、母親には死んでも知られたくなかった。どうせ私に落ち度があるからいじめられるのだと言うに決まっている。母親は、そういう人間だ。私を欠点ばかりの人間にして、私のせいばかりにする。 「ねえ、聞いてるの?」 「……あんたこそ、私の話、聞いたことあった?」  母親はぎょっとしたように目を見開いた。 「あんただなんて、親に向かってなんて口の利き方するの!」  私は甲高い声で笑った。  自分の思い通りにするのが親で、思い通りにならなければ子どものせいにするのが親なのか。笑えるわ。  ひとしきり笑うと、「行ってくる」と言って、家を出た。母親の顔は見なかった。どうせ呆れているか怯えているに決まっている。どうでもよかった。
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