21人が本棚に入れています
本棚に追加
/30ページ
***
幻聴がやまない。声は大きくなったり、小さくなったり、喚いたり、すすり泣いたりと目まぐるしく変わる。あいつの声のようにも、自分の声のようにも聞こえる。それでも機械的に足を動かし、学校へ向かう。
学校の正門まで来たとき、足が止まった。全身が竦み、前に進めない。
「なんで……」
足を前に踏み出そうとするも、地面に貼りついたように動かなかった。呼吸が浅くなる。動悸も激しい。
前にも同じことがあった。中学のとき、いじめられるとわかっていても、教室に入らなければならない。そのプレッシャーから、教室の前で動けなくなってしまった。あの時はどうしたんだっけ。足が動かなくて、声も思うように出なくて……ああ、そうだ。
登校してきたほかの生徒に邪魔だと押しやられ、転んだのだ。それから、鈍くさいと笑われ、蹴られ、「死ね」と罵倒された。
「そうよ」と声がした。ざわめきに似た幻聴がひときわ大きく、何かの託宣のようにはっきりと聞こえた。
「そうよ。死ねばいいの」
目の前に、あいつがいた。制服を着て、私と対峙している。まっすぐ伸びた黒いセミロングの髪、口元のほくろ、反抗的な気に食わない目つき。あいつだ。あいつに間違いない。
私は目を吊り上げて睨みつけた。
「やっぱり。次は私の番て、そういう意味なのね」
あいつは、私が死ぬことを望んでいる。だから、ハヅキにあんな伝言を残したのだ。ああ、むかつく。
「回りくどいことしないで、面と向かって直接言えばいいじゃない。さっさと死ねって!」
「スミレ!」
肩を揺さぶられ、我に返る。
「どうしたの、いきなり大声出して」
カスミだった。怯えた顔で私を凝視している。
「何って、今、あいつがいたから」
「誰もいないよ?」
あいつがいた場所に視線を戻す。あいつはいなかった。
「ねえ、スミレ、やっぱ変だよ。どっか悪いんじゃない?」
「どっか、だなんて。はっきり言ったら? 頭おかしいんじゃないって」
「そこまで言わないけどさあ」
カスミがちらりと私の背後を一瞥する。
「何してんの?」
ユリが声を掛けてきた。先ほどの奇行を見られたかもしれない。
……見られたから、何だというのだろう。
私は冷めきった頭で考えた。
仲間外れにされるかもしれないし、次のターゲットにされるかもしれない。だから、何だというのだろう。今の状態の方がよっぽど苦しくて、つらい。ユリのご機嫌取りより、あいつに付き纏われる方がよっぽど苦しくて、つらくて、逃げ出してしまいたい。
「何でもない」
するりと言葉が出た。二人に話すことなど、何もない。期待もしていない。味方だと思ったことは、一度だってない。
私はくるりと踵を返した。足はすんなり動いた。
「どこ行くの?」
歩き出した私に、カスミが問う。
「授業、始まるよ?」
「病院に行くから、休むわ」
そう言って、私はユリに微笑みかけた。ユリは訝し気に眉をひそめた。もの言いたげだったが、「そう。お大事に」とだけ告げた。
私は振り返ることなく歩き始めた。不思議と足取りは軽かった。
最初のコメントを投稿しよう!