*木田澄玲*

7/9

21人が本棚に入れています
本棚に追加
/30ページ
 ***  幻聴がやまない。声は大きくなったり、小さくなったり、喚いたり、すすり泣いたりと目まぐるしく変わる。あいつの声のようにも、自分の声のようにも聞こえる。それでも機械的に足を動かし、学校へ向かう。  学校の正門まで来たとき、足が止まった。全身が竦み、前に進めない。 「なんで……」  足を前に踏み出そうとするも、地面に貼りついたように動かなかった。呼吸が浅くなる。動悸も激しい。  前にも同じことがあった。中学のとき、いじめられるとわかっていても、教室に入らなければならない。そのプレッシャーから、教室の前で動けなくなってしまった。あの時はどうしたんだっけ。足が動かなくて、声も思うように出なくて……ああ、そうだ。  登校してきたほかの生徒に邪魔だと押しやられ、転んだのだ。それから、鈍くさいと笑われ、蹴られ、「死ね」と罵倒された。 「そうよ」と声がした。ざわめきに似た幻聴がひときわ大きく、何かの託宣のようにはっきりと聞こえた。 「そうよ。死ねばいいの」  目の前に、あいつがいた。制服を着て、私と対峙している。まっすぐ伸びた黒いセミロングの髪、口元のほくろ、反抗的な気に食わない目つき。あいつだ。あいつに間違いない。  私は目を吊り上げて睨みつけた。 「やっぱり。次は私の番て、そういう意味なのね」  あいつは、私が死ぬことを望んでいる。だから、ハヅキにあんな伝言を残したのだ。ああ、むかつく。 「回りくどいことしないで、面と向かって直接言えばいいじゃない。さっさと死ねって!」 「スミレ!」  肩を揺さぶられ、我に返る。 「どうしたの、いきなり大声出して」  カスミだった。怯えた顔で私を凝視している。 「何って、今、あいつがいたから」 「誰もいないよ?」  あいつがいた場所に視線を戻す。あいつはいなかった。 「ねえ、スミレ、やっぱ変だよ。どっか悪いんじゃない?」 「どっか、だなんて。はっきり言ったら? 頭おかしいんじゃないって」 「そこまで言わないけどさあ」  カスミがちらりと私の背後を一瞥する。 「何してんの?」  ユリが声を掛けてきた。先ほどの奇行を見られたかもしれない。  ……見られたから、何だというのだろう。  私は冷めきった頭で考えた。  仲間外れにされるかもしれないし、次のターゲットにされるかもしれない。だから、何だというのだろう。今の状態の方がよっぽど苦しくて、つらい。ユリのご機嫌取りより、あいつに付き纏われる方がよっぽど苦しくて、つらくて、逃げ出してしまいたい。 「何でもない」  するりと言葉が出た。二人に話すことなど、何もない。期待もしていない。味方だと思ったことは、一度だってない。  私はくるりと踵を返した。足はすんなり動いた。 「どこ行くの?」  歩き出した私に、カスミが問う。 「授業、始まるよ?」 「病院に行くから、休むわ」  そう言って、私はユリに微笑みかけた。ユリは訝し気に眉をひそめた。もの言いたげだったが、「そう。お大事に」とだけ告げた。 私は振り返ることなく歩き始めた。不思議と足取りは軽かった。
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!

21人が本棚に入れています
本棚に追加