一章

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「どうして、おまえに金を分けなくちゃならねえんだ?」 「あたしたちさあ兄妹じゃん! お袋の残した金を受け取る権利あるじゃん!」 「おまえは結婚して、この家を出ていっただろうが! おまえとはもう赤の他人なんだよ!」  山田は鍵穴に挿し込んである鍵を回さず、摘まんだままだった。 「おれがこの家の長男なんだ! この金庫のなかの金はすべておれのものだ!」 「あんさあ、法律知らないの? 妹のあたしにだってこの金庫のなかの金を受け取る権利はあるじゃんよ!」  山田は無造作にダイアルを回した。揃っていた四つの暗証番号はすべて瓦解した。  言い争っていた兄妹が、山田の様子がかわったのを見てとると「あっ!?」と言って近寄ってきた。 「開いたのですか?」  山田は鍵穴から鍵を引き抜くと、ふたりの前に差し出した。兄のほうが戸惑った様子で受け取った。 「……いえ、申し訳ありません」山田は言った。「わたしには無理だったようです」  兄の表情が歪む、妹は呆気にとられているような顔だ。 「無理ってなんだよ……あんた金庫を開けるプロなんだろ?」 「ええ、まあ……」 「こんな金庫も開けられないの?」と妹が言った。「もうちょっと頑張ってみてよ」  山田は申し訳ないと、首を横に振った。 「開けられなきゃ金は払えねえよ」  山田はうなずいた。「ええ、それはもちろん」
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