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己の主が、一挙手一投足を値踏みするように眺めているのがわかった。喉に張り付く唾を飲み込んでから言葉を選んで丁寧に紡ぐ。
耽美主義者である彼の、眼鏡に敵うように。
「…嗚呼、無礼をお許し下さい。あなたが風に攫われそうなもので、番犬らしく牙を剥くのに必死だったのです。どうか機嫌を、直してはくれませんか?」
心の臓を高鳴らせながら返答を待つ。切れ長の目がすぅ、と細まってけぶるまつげが影を落とした。
「三点。ポエムなら、聞き飽きてるからつまらないっていつも云ってるでしょ」
パシッ、と無慈悲に払い除けられた手が宙を描く。
瑠璃色の艶やかな髪から覗く横顔の、なんて冷淡なことよ。興味は失せたと言わんばかりに歩き出す彼の後を狗のように追って駆けた。
(クソッ、)
血が出るほど奥歯を噛み締めて吐き出しそうになった毒素を呑み込んだ。
嫌いだ。
世の理不尽に晒されず、綺麗事で造られた温室で悪態を吐くこの男が。大して苦労もせずに己が世界の中心だと疑わない、馬鹿な主人。
嫌いだ。
その主人に媚び諂えなければ生きていくことすらままならない自分も。仮面の下に隠した惨めな子供が顔をだす。
上等な着流しの後ろ姿を収めた視界が怨みとも妬みともとれる紅で染まった。
その着流しを剥いで、整えられた髪を乱暴に掴んで、汚ねェ道中に引き摺り倒したら、どんなに気持ちいいだろう。恐怖と屈辱に歪んだコイツの顔は、きっと今まで見た中で一等醜く、美しい。
鼻水と涎でぐちゃぐちゃになった顔と、みっともなく泣き叫ぶ声が脳内で俺に命乞いをする。
玉砂利を踏み締める音が鮮明に耳に届いた。
しとしとと霧とも雨ともつかない湿った空気が身体を包む。白みを帯びて悪くなる視界に高い塀で囲まれた、悪事にうってつけの路地裏。
慾を孕んだイケナイ考えが脳裏を掠めた。
此処で襲っても誰にもバレない。
日頃の鬱憤を晴らしてもいいのでは?
ちょっとだけ痛い目に合わせてやろう。
そうだ、ちょっとだけ…。
ーーーー、気づいた時には体が動いていた。
「…萱津?」
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