いたずらな風 春うらら

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「お姉さん、おつり!」 「後でもらうわ。あのマフラー、恋人からのプレゼントなのっ」 「こ、こいびと……」  風が止み、女性のマフラーは地面に落ちた。  女性はホッと息をつき、走るスピードを緩める。  そこへ犬がやって来た。  地面をクンクン嗅いで、次第にマフラーへと近づいていく。そしてついに鼻先がマフラーへ辿り着くと、マフラーをガブッと咥えて薄暗い小路へ向かって駆け出した。 「待って!」 「ちょっと!」  女性は犬を追い、小路へと入っていった。  その後ろを、少年が追う。  彼らの遠ざかっていく後ろ姿を見ながら、フルーツサンドの店の奥に座っている女店主は、隣の果物屋の男店主に話しかけた。 「どこまで行くだか、あの子は。末っ子ってのは本当に落ち着きがないねえ。ちょっと、連れ戻してきておくれよ」 「俺?」 「どうせ暇だろ。店なら見ててやるからさ」  閑古鳥が鳴く店を見て、男店主は重い腰を上げた。 「はあ……。おーい!」  男店主は少年を追う途中、小路の横の花屋でバケツに足を引っかけて盛大に倒してしまった。 「おっと、わるい!」  足を動かしたまま、片手でバケツを直して小路に入る男店主。  地面には、折れた花が転がっていた。  「あ、ねえ! これ弁償――って、待ちなさいよ!」  花屋の少女が、男店主を追う。  そうやって彼らはすれ違う人を巻き込みながら、犬を追い女性を追い、少年を追い男店主を追い……いつの間にか、マラソン大会のような人だかりで街を走っていた。 「やーい!」 「まてまてー!」  中には、理由もなく並走する子供たちもいた。  この街は平和である。
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