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「らっしゃい、らっしゃい! お姉さん、採れたての卵はいかが?」
「ありがとう、また今度」
ある土曜日の早朝。
うら若い女性がひとりで市場を歩いていた。
白い肌に良く似合う明るい赤色のマフラーを羽織り、手には小さな四角いかごバッグを提げている。
「らっしゃい、らっしゃい!」
卵屋の元気な声をBGMに、女性はフルーツサンドの店の前で足を止めた。
「いらっしゃい!」
店番をしていた少年が、懐っこい笑みを浮かべながら女性に声をかける。
「お手伝い? 偉いわね」
「へへ。かあちゃん、腰をやっちゃってさ」
「あら……お大事に」
女性は店の奥で座っている女店主に会釈をしつつ、手前の少年にかごバッグを渡した。
「何にする?」
「そうね……」
店頭には、フルーツサンドが色とりどりに輝いている。それはまるで宝石のよう。
「今日はマスカットと、イチゴと、キウイと……」
女性は指を差しながら注文し、少年がバッグに詰めていく。
その様子を、女店主が店の奥から見守っていた。
「お客さんの顔ばっか見てないで、ちゃんと手元を見な。適当に詰めるんじゃないよ」
「わかってるって! 言われなくても、ちゃんとやってるよ! かあちゃんは黙ってて!」
女店主の眼差しには厳しさがあるものの、慈愛がこもっている。だがそのことに、少年はおろか本人も気づいてはいない。親子とは、そんなものである。
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