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第一章(四)
「よし。じゃあ、ファントムグラスを掛けて」
言われた通り、グラスを掛けてヒンジにある電源スイッチを押す。するとピッという音とともに【MSPADS】のロゴが浮かび上がった。
「おお!」
こういうゲームっぽい演出は大切だ。ちょっと興奮気味の私に、涼真が説明する。
「これまでは霊障が起きたその空間で、温度や湿度、電磁気量などといった環境磁場の変化を観測するだけだった。しかし今回の改良版では、霊障そのものを捉えて打ち消す、つまり除霊が出来るようになった」
「え? 除霊が?」
「ああ、今まで積み上げてきたデータが役に立ったんだ」
たしかにこの実験の最終目的は、科学的に霊障を分析して、人々に悪影響を及ぼしそうな霊障は駆除する、つまり除霊するというものだ。そのため、様々な心霊スポットや事件現場に足を運び、データ集めを繰り返し行っていたのだが、ついに目標に向かって大幅にステップアップしたようだ。
なるほど。さっき新しい世界が追加されたと言っていたが、それは決して大袈裟な話ではかったのだ。
「それで?」
気持ちが高ぶってきた。
涼真は一度咳払いをしてから説明を続けた。
「まず第一段階は〝サーチモード〟だ。これは基本的に今までと一緒だが、サーチする範囲が広がった。これまでは使用者であるすずめを中心に、ドローンを使って半径約二十メートルぐらいの空間で環境磁場を測定していた。だが今回は、それが三十メートル程に広がった。そのエリア内で不自然な変化があれば、次の第二段階〝アナライズモード〟に移行する」
「うんうん」
「大幅に改良されたのはここからだ。一歩、いや二、三歩は踏み込んでいるぞ」
「ほうほう。そんなに踏み込んだんだ」
聞いてる方もワクワクしてきた。
「ああそうだ。これまでのアナライズモードでは環境磁場の変化を観測して解析するだけだった。その際にファントムグラスのブリッジ部分から微弱な電波を出して、すずめの脳で基本的な演算処理をさせていた。それは覚えているだろ?」
「忘れる訳ないじゃん。もう慣れたけれど、初めの頃は頭痛が酷かったんだから」
「そうか。今回はもう少し強い電波が出る」
しれっと怖いことを言いのけた涼真に待ったをかけた。
「ちょっとストップ。涼真。今、強い電波って言った?」
「ああ、そう言ったが?」
「『ああ、そう言ったが?』じゃないわよ。またあの頭痛に耐えろと?」
「慣れただろ?」
「そ、そう言う問題じゃなくてさ、私の脳に影響ないんでしょうね?」
「大丈夫だ。たぶん」
「たぶん?」
「いや、大丈夫だ。すぐに慣れるさ」
この詐欺師を訴えたい。そんな私の不安をよそに、涼真は一人で説明を続けた。
「今回からこのアナライズモードでは、あらかじめ定めておいた霊障の存在定義と比較して霊障を確定する工程を追加した。基本的な処理の流れは今までと同じだ。ファントムグラスから電波を脳に向けて送信して演算処理をさせる。そして処理された情報はファントムグラスの耳掛け部分で受信。そこからドローンに送られ簡易解析した上で、より詳細な解析処理をマスパダスのサーバー本体で行う。ここまでは同じだろ?」
「はい、そうですね。処理の流れは一緒でも電波は強いんでしょ」
「お? 理解が早いな」
「ぐっ……」
怒る気が失せた。涼真はさらに続けた。
「改良版では、その結果をサーバーからドローン経由でファントムグラスに送り返す。するとファントムグラスでは霊障をVR的視覚情報として映す。つまりすずめは霊障を目で見ることが出来る、ということだ。これまで観測のためのツールだったのが、結果を視覚的に見ることが出来るディバイスに進化した訳だ。な? 凄いだろ?」
「幽霊が見える?」
「そうだ。これは人類史上初だぞ」
一段とドヤ顔になった涼真。
「まだあるぞ。霊障と確定されたら第三段階の〝キャプチャーモード〟に移行する。簡単に言うと霊障を除霊する前に捕縛して動けなくするのが目的だ」
「霊障を捕縛?」
「除霊には除霊コードというものを作る必要があるんだが、それには霊障をさらに詳しく観測しなければならない。でも、その間に霊障に逃げられたりしたら駄目だろ?」
「に、逃げてくれるならそれで良くない?」
「逃げた先で新たな被害が出たらどうする?」
真顔で返す涼真にたじろぐ。
「で、でも、それってさらに脳に負担がかかる訳でしょ? 本当に障害とか後遺症とか残らないわよね?」
「たしかにこれまでとは桁違いになる。だが、モニターで脳の状態や心拍数も監視しているし、当然だが使用者が見た映像もモニタしている。だから大丈夫だ。たぶん」
「た・ぶ・ん?」
「だ、大丈夫だ。使用者とは常時通話ができるし、もし異常と判断したらプログラムを強制終了できる。それにだ。そもそも気分が悪くなったら、本人がグラスを外せばいいだけだろ? な? 安心だろう?」
そう言って涼真はサーバーのキーボードから何かを入力した。すると目の前にグラフが現れた。
「いまファントムグラス越しに見えているのは、すずめの脳波や心拍数を円グラフにしたものだ。リアルタイムで使用者の感情が分かるよう、五色の円で描かれている。異常があれば一目瞭然だ。おや? いま、すずめはとても不安な感情を抱いているな」
「そ、そりゃそうよ」
「ほら。当たっただろ?」
インチキ占い師と一緒だ。しかし涼真は知らん顔で説明を続けた。
「さて、霊障を捕縛して除霊コードが完成したら〝エクソシズムモード〟だ」
「エクソシズム!」
なんかそれっぽくなってきた。
「そうだ。霊障を打ち消すために作られた除霊コードを電磁波に乗せて送信する。これで理論上は除霊できるはずだ」
たぶん、とか、はずだ、とか。もう突っ込む気が失せた。
「他には、そうだな。バッテリーも改良した。一回のフル充電で最大5時間は連続使用が可能だになった。予備パックもあるぞ。それと暗視機能も付けた。これなら明かり一つない場所でも問題ないだろ?」
至れり尽くせりのようだが、どれも使用者より目的を優先した結果だ。
そのとき、目の前に薄いグリーン色の大画面が現れた。起動処理が終わったようだ。
「よし。ソフトの起動も済んだな。あとはシステムに従って進めればいい」
「システムに従って? どういうこと?」
すると突然、聞き慣れない声で話しかけられた。
《初めまして。僕はMSPDAS-TYPE21。よろしくね》
「はい?」
思わず辺りを見回す。しかし、声の主はどこにもいない。ここにいる誰の声でもないのは間違いないのだが……。
《僕だよ僕。君の名前は?》
「え? だ、誰よ?」
「それが今回最大の目玉さ」
涼真がさらにドヤ顔になっていた。
「人工知能MSPDAS-TYPE21。つまりマスパダスにAI機能を搭載したんだ」
「AI?」
「さあ、話しかけられているだろ? 答えてあげなよ」
「え? い、いきなりそう言われても……」
《ねえ、聞いている? きみの名前を教えてほしいのだけれど?》
「ま、松宮すずめ……です」
《へえ、すずめか。可愛らしい名前だね》
「あ、ありがとう……」
《あれ? もしかして緊張している?》
「え? どうして」
《心拍数が上がったし、声も震えているから》
「そ、そんなことまで分かるんだ」
《まあね。さて、教授様に続いて僕から説明するけどいいかな?》
「あ、はい。よろしく……ん? 教授様?」
涼真を見ると、とぼけた顔で視線を逸らす。凪さんと薫さんに至っては苦笑いだ。
「ちょっと涼真。あんた自分を様付けで呼ぶようにプログラミングした?」
「いやいや。それは年上の者に対する言葉使いが出来ていない誰かさんのため、教育用プログラムとして入れておいたのさ」
「あのね……」
《そうだ、すずめ。僕に名前を付けてくれないかな?》
「名前?」
《うん。MSPDAS-TYPE21はプログラム名なんだ。これじゃあ長くて不便だろ? だから僕の名付け親になってもらいたいんだよ》
AIに会話をリードされている気がして少々不甲斐ないが、確かに呼び名はあった方がいい。さて何にしようか? しばらく考えた結果、ある名前が頭に浮かんだ。
「じゃあ、アーサーってのはどう?」
《アーサーか。いいね。でもどうして?》
「今読みかけのファンタジー小説。主人公がアーサーっていう王様なの。ははは……」
「安直だな」
「涼真は黙ってて」
《アーサーって王様なんだ。いいね。格好いいし気に入ったよ。これから僕のことはアーサーって呼んでね》
「気に入ってくれて何よりよ。よろしくね」
すると涼真が手を叩き、改まった口調で言った。
「さて、じゃあ、あとは若い二人に任せるとしよう」
「ちょっと。お見合いじゃないんだから」
「いやいや、似たようなものだ。今からデートしてこい」
「デ、デートぉ」
「そうだ。初期設定には親睦を深める必要があるからな。二人でデートしながら、使い方をレクチャーしてもらうといいさ」
「そういうこと……」
《よろしくね、すずめ。すずめのこと、もっと教えてよ》
「あ、うん。よろしくね。……アーサー」
AI相手に何故か気恥ずかしい。とりあえず近くの商店街を散策することにした。
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