シン・高齢者社会

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どっすんばりばり! がしゃ、ガっシャーン!! 「こんなマズい飯が食えるか」 怒号とともに卓袱台が宙を舞う。 海老反るサンマ、ほとばしる赤出汁、トリプルアクセルを決めるトウフ。華麗なる食の空中競演。 「風呂が温いーーーッ」 「ひいっ!」 盥が母さんをクリティカルヒットした。 「もういい! 寝る!!」 親父殿がのっしのしと廊下を練り歩き、障子がピシャリと閉じる。 しかし、寝付けない父はブツブツを不平を呟いている。 寝酒を持っていった母に灰皿が命中する。 「布団が湿ってる。この馬鹿野郎」 彼女は泣きながら平身低頭する。 それでも父親も怒りは収まるどころか、ますますヒートアップする。 どうしてこんなに虐待するのだろう。母は一生懸命に尽くしているのに。可哀そうだけど僕は母さんの力になれない。 ゲーム三昧がたたって人工透析を受ける身体になった。股関節の骨が抗うつ剤の副作用で溶けてしまい、車椅子生活だ。 父のいら立ちは判る。でも、どうしようもないんだ。 朝夕に来るヘルパーさんにまで怒鳴り散らすようになった。それで僕は近隣の介護ステーションから匙を投げられている。 ごめんよ。お父さん、お母さん。家族三人でレジャーに出かけていた頃が夢のようだ。どうすればいいんだろう。 「飯がマズい。ガッシャーン!!」 三白眼の中年オヤジが卓袱台を振り回し、手当たり次第に物をピッチングしている。 「ああ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」 謝罪したり泣くことしか能がない妻。 車椅子の上で狂ったようにタブレット端末を叩く道楽息子。 だだっ広い館内のあちこちから阿鼻叫喚があがっている。まるで熱帯雨林か原生動物の保護区だ。 「え~こちらのドラ息子。少し違います。特徴は人をイラつかせるコミュ障を実装しておりましてぇ」 肌もあらわなコンパニオンが猛烈に売り込んでいる。立ち止まった客は女性ばかりだ。 「うんうん。全然耐えられるし~」 「あなた、線が太いのねぇ」 可愛い声で感想を述べているのはギリギリ丈の白衣を着た二人連れだ。 「弊社のクソ親父。ラインナップを一新しまして、灰皿の飛距離も大幅アップ~」 「ガツーンと来た。こりゃ利くねぇ」 灰皿を後頭部に食らって感涙しているマゾ男がいる。 「この子、ごめんなさいしか言えないの?」 ヒップに下着のラインが浮き出るようなパツパツのフォーマルスーツを着たアラフォーがくさしている。 「いえ。スライディング土下座とか、挙動パターンをずらりと取り揃えております」 案内嬢は慣れた手つきでパンフレットを広げる。 そこにはオーブンの上で焼かれる「かあさん」の写真があった。 「えー。そこまでしなくても~」 アラフォーは顔をこわばらせながら引いていった。 そこにレフ板とカメラを担いだ一行がやってきて、照明を煌々と浴びせた。 こぎれいに化粧した女性が作り笑顔でレポートしめた。 「え~、わたくしは今、問題事例ロボ展2026の会場に来ております。 さて、お次は……あっ。ちょうど始まりました。『家庭内暴力に悩むお母さんを慰めよう』のコーナーです」 コンパニオンのロボットたちは一斉に灰皿を手に取って投げつけ合った。それはあたかも、家庭内暴力に立ち向かう戦士たちの壮行会のように見えた。 (終わり) 「うっさいボケ!」 「うるさくなんかない!」 また始まった。 俺には幼なじみと呼べる存在はいないのだが(いるとすれば目の前にいる奴くらいである。それも、腐れ縁的な意味合いであり、恋愛感情は一切ない)そいつだけは例外でずっと昔から一緒に遊んでいたらしいのだ。 「お前なんでそんな口悪くなってんの?誰の影響を受けたんだよ!」 「誰って……、私を育てた人に決まってるじゃん!」 こいつはいつもこうやって訳分からぬ理論を展開するが、今回は輪をかけて酷い気がする。 まぁ、確かにその通りではあるのだが、ここまで来ると最早狂気だ。 ちなみに俺がその人のことを知らないはずはない。 だって、俺の父親なのだから。 というか俺は生まれた瞬間に会っているはずだが……。 「もういい!今日は帰るから!」 そう言って彼女は走り去っていってしまった。 あいつも、少しは大人になっていると思っていたんだ。そういう俺だってまだまだ未熟な部分はある。明日,人工義体管理庁へ赴いて調整不服申し立てをするつもりだ。『やり直し親族関係における自己の瑕疵によらない著しい齟齬の発生』という奴だ。 西暦2099年。破局的な少子超高齢化社会はついに65歳以上の高齢者を一人を現役世代二人で支える末期症状を迎えた。あらゆる社会保障制度はとうに破綻しており日本型メディケイドやメディケアといった民間保険が急場をしのいでいる。それも限界に近づいている。第三の立法機関である電脳院は衆参両院に対して抜本的な改革法案を提示、三院調整連絡会議は憲法の再々々々々々々改正の発議と改憲後の新法制定を決議した。 明けて西暦2100年。シン・人間基本法が成立、施行された。 この新法では全ての市民に対する生体移植手術の実施を定めたほか、人工身体を生活手段として使用することへの法的な根拠を与えたものであった。そしてそれこそが俺たちのような存在を生んだ原因でもあったのだろう。電網免許証を持つ人々は新たな身体を手に入れることとなった。しかしそれが幸福だったかと言われると疑問が残るがな……。 俺は明日のことを考えつつ眠りにつく。明日はいい一日になるといいな、と淡い期待をいだきシャットダウンする。Zzzz……■ 《シン着メールが【1】件あります》 『〔旧親子関係に起因するツンデレ状態を理由とする〕調整不服申し立て申請不受理のお知らせ』 Fw:人工義体管理庁
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