態度の悪い店員

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態度の悪い店員

 二人は、ショッピングモールの紳士服の店に入った。店内の1階はスーツ売り場だった。二人は2階に上がった。2階はフォーマルウェア売り場だった。二人が商品を眺めていると、陳列されている礼服の間を通って、若い女性店員が近づいてきた。 「来たぞ」とポッシェがアムにソッと耳打ちをした。  その女性店員は髪を後ろで束ね、薄い化粧をした、やや痩せた地味な女性だった。 「このショッピングモールの店の店員は全て人間そっくりのキャスト・ロボットだ。人件費を浮かすためにアメジア・グループが安価な商用ロボットを採用したんだ。コレア社製だ」  アムは近づいてくる女性店員をジッと眺めた。笑顔も歩き方も自然で、言われなければ、ロボットとは気がつかない。肌も色といい質感といい人間そっくりだった。アムがその精巧さに驚いて見ていると、「何かお探しでしょうか」と女性店員が言った。声もしゃべり方も人間と紛うことはない。 「これから大人の社交場に行くんだけど、そのためのフォーマルな服を探してる」とポッシェが言った。 「でしたら、まずドレスシャツをお選びになったらいかがでしょうか」と女性店員はニッコリと笑って、アムたちをドレスシャツ売り場のコーナーまで案内した。  アムは、ハンガーに吊るされているドレスシャツの中から気に入ったものを何点かを手に取り、体に合わせてみた。そして、その中から一点を選んだ。  女性店員は、シャツを体に合わせたアムを見て、言った。 「私の目には、お客様が実際に服を着た状態を合成映像化するシステムがございます。それで、似合うかどうかお確かめになったらいかがです。映像は、あのモニターに表示されます」と、女性店員は、近くにあるモニターを指さした。  見ると、アムが実際に手にしたシャツを着た合成映像が映し出された。 「なかなか似合ってるじゃないか」とポッシェが言った。 「本当にそうかな……」と女性店員は不機嫌そうにボソっとつぶやいた。「今、私のAIで似合っているかどうか判定してみます」  モニターに、丈、袖丈、身頃、顔、色合、というレーダーチャートが表示され、お似合い度の点数が出た。30点だった。 「カラオケの採点みたいだ」とアムは呟いた。 「全然似合ってないじゃない」と女性店員が冷たく言った。「そんな安物でなく、もっといいものを選びましょう」  そう言うと、女性店員は、別のシャツを取って、アムに押し付けるように渡した。アムは、そのシャツを合わせてみた。女性店員はアムをジッと見た。モニターに服を着たアムの姿が映し出された。 「こちらは、どうでしょう。私の目から見て、これはもう100点満点ですわ」  モニターに表示された点数も100点だった。 「シャツの値段を見てみな」とポッシェがアムに耳打ちした。値段を見ると、思っていたのよりも0が一つ多かった。 「一番高いやつを売りつけるようプログラミングされているんだ」とポッシェが言った。 「いや、これはやめた。やっぱり、さっき選んだやつにするよ」とアムがシャツを突っ返し、自分で選んだシャツを手に取った。 「さっきも言った通り、それ全然似合ってないって。そんなの着てたらセンス疑われるんじゃない。だから女にモテないのよ」と女性店員は、さも憎々しげにアムとシャツを見比べて言った。それから、アムの手にしたシャツをひったくり、床に投げ捨てた。それからさきほど突っ返されたシャツをまたアムに押し付けて言った。 「このシャツぴったり。似合ってます。こちらにしたらいかがです」 「その高いやつを買うまでやめないぜ。このIRが廃れたのは、こういったキャスト・ロボットたちの接客態度の悪さと強引な商法だ」 「そういえば、アメジア・グループといえば儲け主義で有名だったっけ」 「それがいきすぎて、客が一人もいなくなっちまったのさ。こいつら、勧めたやつを買うまでやめないぜ。面倒だから、それ買ってやりな」とポッシェは苦笑いしながら言った。 「でも、すごい値段だ」とアムがシャツの値札を見て呟いた。  耳ざとく、その呟きをマイクで拾った女性店員が言った。 「もし、お高ければ、ローンもございますけど。アメジア・カードをお持ちでしょうか。なかったらお作りします。アメジア・カードがございましたら、アメジア・ローンがご使用できます。年利15%で60回ローンがございます。お得ですよ」 「いや、現金で買う」とポッシェは現金で支払った。  次に、アムとポッシェと女性店員は黒服売り場に行った。アムは気に入りそうな服を選び、試着してみた。そのたびに女性店員が「AIで判定してみます」と言って低い点数を出し、顔と似合ってない、とか、袖がブカブカ、とかけなした。 「これなんていかがでしょう」とアムが選んだものをさんざんけなした後、女性店員は一着の黒服を持ってきた。それはラメ糸が入り、襟もとがり、ジャラジャラと銀のアクセサリーがポケットや襟などあちこちに取り付けられていた。 「センスが悪いな」とアムは呟いた。 「そんなことはありませんわ。あなたみたいにカッコいい少年にはぴったり。ぜひ、ご試着なさってはいかがですか。AI判定してさしあげますので」  アムは、渋々、試着すると、女性店員はそれを見て、「素晴らしい、100点ですわ」とほめちぎった。 「そうかな。袖がぶかぶかだけど……」 「いいえ、良くお似合いです。サイズもぴったり」そういって無理やり手で袖を縮めてみせた。 「それにしても、生地がキラキラ光ってるし、アクセサリーもジャラジャラしてダッサイな」 「いや、そんなことありません。というか、あなたのセンスがおかしいですわ。さっきから、見てれば、あんたこそダサい服ばかり選んでんじゃんか」 「お前が選んだ方がダサいだろ」とアムがムキになって言い返した。 「いや、お前だよ。黙って勧められた服着ろよ。こっちはスムーズに仕事を進めたいだけなんだから。お前なんか何着たって同じだよ。このサル」  と、女性店員の頭と首から白い煙が出てきた。それから、回りのハンガーに吊るされた服を取って、縦に真っ二つに引き裂いたり、両袖を引っこ抜いたりとかかたっぱしからビリビリと破り始めた。 「さあ、今のうちに店を出るぞ」とポッシェが言った。 「でも、こんなダサい服じゃあ」 「なんだって同じだろ」 「それじゃあ、このロボットと言ってることが同じだ」 「いいから行くぞ」  アムとポッシェは女性店員が煙を出して服を破っている隙に店を出た。
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