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最高の店員、最低のレストラン
「あまり着心地が良くないな。似合ってるようにも思えない」とアムは渋い顔をして両手を広げて見せた。
「とにかく高いものを売りつけただけだからな。あのAI判定はインチキだ」
アムとポッシェは、レストラン街に差し掛かった。
「仕事の前に腹ごしらえでもしていくか」とポッシェが言った。
「また、無理やり高級料理でも食わされるんじゃないかな……」とアムは眉をひそめた。
「心配するな。豪勢にやろう。どうせお金は後からたっぷりと回収してやるんだからな」
二人はフランス料理店に入った。
窓際の席に座ると、中年のウェイターがやってきた。
「いらっしゃいませ」とウェイターは慇懃に頭を下げて言った。
「最高級国産フィレ肉のソティーで」とポッシェはメニューを見て一番値段の高い肉料理を頼んだ。
「かしこまりました。さすがお客様、お目が高い。本日ご用意させていただいたフィレ肉は、当レストランの一流シェフが日本全国の酪農家を回り、その舌で実際に味わい、当レストランにもっともふさわしい上質な味わいの牛肉を育てる酪農家と直接契約を交わし……」
ソティーの肉についていかに良いものを使っているかを得意顔でくだくだと述べた。それから「では、こちらをご覧下さい」と、窓につけられたモニターを示した。すると、そこに、牧場の風景と農夫婦が映し出された。農夫がしゃべりだした。
「私たちが自分の子供のように大切に育てた牛です。トラックに乗せて、お別れするときは、実の子を送り出すみたいな気分でした。それでも、お客さんみたいな人に食べていただけるのなら、あの子も喜んでいると思います」
この動画が流れた後、ウェイターは、アムに注文を訊いた。
「そうだな、じゃあ、おれは、これにしようと」とアムはメニューを指さした。
「ああ、それか……」とウェイターは露骨につまらなそうな顔をした。「当レストランは、一流のシェフが一流の素材を厳選し、丁寧に下ごしらえした料理ばかりです。せっかくですから、私はこちらをお勧めしますが」
と、ウェイターは、一番値段の高い魚料理のシタビラメのムニエルを手で示した。
「じゃあ、それにするよ」とアムは、メニューをパチンと閉じて、ため息をついた。
ウェイターは上機嫌になって、さすがお客様、お目が高い……、と先ほど流した音声の、酪農家を漁師、牛肉を魚に入れ替えただけの別の音声を流した。それから、「ほら、生きがいいべ」と、漁師たちの映像をモニターで流して、見せた。
「まったく、飯ぐらい、好きなものを食わせろよ」とアムは吐き捨てるように言った。
しばらくするとウェイターが料理を運んできた。アムは一口味わうといった。
「味はいいな。接客態度は最悪だけど」
「AIロボットが調理してるからな。どんな人間のシェフより腕がいい」
「囲碁に続いて、料理コンテストでも、人間はAIロボットに敗北したからな……」とアムは、タメ息をついた。
「ロボットは使い方を誤らなければ、人間を上回る仕事をしてくれる」
「使い方を誤らなければね」とアムはフォークで料理を口に運びながら、テーブルに近づいてくるウェイターを横目で見た。
ウェイターはアムたちのテーブルの横まで来ると、お飲み物はいかがでしょうか、と訪ねた。
「そうだな、ワインでももらおう」とポッシェが言った。
アムも、おれも、と言った。
「かしこまりました」とウェイターは丁寧に頭を下げた。
「当レストランでは、料理に合った、最高級ワインをたくさん揃えております。私には世界最高ソムリエ、田端信介のAIプログラミングが搭載されております。その私が、数あるワインの中から、お目の高い、お客様に選ばしていただくワインは、ボルドーのシャトー・ド・パ・レル1997の赤ワインをお勧めします」
「じゃあ、それをいただこうか」とポッシェが注文した。
次にウェイターはアムの方を向いて今ポッシェにしゃべったことと全く同じことを一元一句違わずにしゃべった。
「あれ? さっき流した録音音声をまた流してるだけじゃないか。魚にはふつう白ワインだろ。白ワインはないのか」
「いいえ、魚にも赤ワインが合うのですよ。特にシャトー・ド・パ・レル1997はシタビラメのムニエルにぴったりの赤ワインです」
「魚には白ワインのはずだ。白ワインだ。ないのか」とアムがムキになっていった。
「最高ソムリエの私が言ってるんだから間違いはないって。まったく、当レストランにふさわしくない客ですな。客だからと言って何でも言っていいわけじゃないんだ。まったくクレーマーかよ」とウェイターはむっつりと不機嫌な顔をした。
「魚には白ワインだということも知らないのか。ソムリエどころか素人以下だ」
「いえ、先ほども申し上げた通り私には、2030年の世界ソムリエ大会で優勝した田端信介のプログラミングが搭載されているんだから。フランス政府から表彰もされてるんだ。最高なんだ! いいから、勧められたものを黙って食えよ。いやなら、つまみ出してやろうか、このクソガキ」とウェイターは、目と口の端を吊り上げ、言い放った。
「壊れてるんじゃないのか。このポンコツ」
「だから……最高ってさっきから言ってるだろ。お前なんか何喰っても同じだよ」とウェイターは頭をのけぞらせ、左右にふった。それから「カエルでも食って、馬のしょんべんでも飲んでろ」と叫ぶと、耳と、首から白い煙を上げた。そして、ボンッと音を立てて、頭部が吹っ飛んだ。首のないウェイターが大の字になって後ろに倒れた。アムたちのテーブルの上にウェイターの頭部がドサリッと落ちてきた。アムは、その目と合った。
「さすがお客様、お目が高い」とウェイターの頭部が金属的な音声を流した。
「最低のレストランだな……」とアムはフォークとナイフの手を止め、頭部を見つめながら呟いた。
と、倒れていた首のないウェイターがおもむろに立ち上がった。そして壁際に行くと、棚に並べてあるワインの瓶を床に投げたり、叩き割りだした。
それを見つめながらポッシェが言った。
「コレア社のロボットは刺激信号が過剰になると、頭と首から煙を上げて、爆発するという欠陥があるんだ。ヤクザまがいの強引な商法も接客態度の悪さも、グループの社長がプログラマーに、とにかく売るキャスト・ロボットを作れとプレッシャーをかけたおかげさ。それで修正がきかないぐらい、ひどいバグなったんだ。まあ、おかげで、このザマさ。いい気味だよ」
ワインを叩き割っている自分の胴体を見ていたウェイターの頭が「たくっ、頭にくるな、こんな店、やめてやる」と言うと、それから金属的な笑い声を上げた。
食べる気をなくしたアムとポッシェはフランス料理店から出た。
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