0人が本棚に入れています
本棚に追加
ぼったくりコンカフェ嬢で大人オプション
アムとポッシェがショッピングモールを抜けると、目の前に大きなホテル風の建物がたっていた。ビルの正面では『カジノ CLUB コンカフェ』と表示された大きなネオンの看板が赤や青い灯で客を呼び込んでいた。建物に入ると、まぶしいぐらい明るかったショッピングモールとは変わって、暗い路地を無数の電飾で照らしたほどの薄明るさだった。広い通路の左右にはCLUBやコンカフェ、ホストクラブ、カジノなどの店が立ち並び、その前にはドレスやメイド服を着た女性や、黒服たちがズラリと立っていた。カジノからはスロットマシーンなどの電子音や機械音が流れていた。
「ここから先は18歳以下はお断りだ。お前、歳はいくつだっけ?」
「16だけど……。もう、おれは大人だ」とアムは不服そうに返答した。それから「でも……、入れてくれるのか?」と訊いた。
「大丈夫さ。アメジアグループといえば、悪徳の儲け主義で有名な企業だ。金を落としてくれれば、そのくらいのこと見逃してくれる」
「そうか……」
「行くぞ。一番奥だ」
そう言ってポッシェは通路を速足で歩き始めた。アムはあわててポッシェの後を追うように歩いた。
速足で歩くポッシェにホスト風の若い男が近寄って来くると、耳うちするように話しかけた。それにポッシェは見向きもせずに、速足で歩き、ホストを置き去った。ホストはポッシェの後ろ姿に舌を鳴らして悪態をついた。
「相手にするな。うっかりつかまると厄介なことになる」
と、並んだメイド服姿の女性を眺めているアムにポッシェが呼びかけた。
ポッシェの忠告が耳に入らず、かわいらしいコンカフェ嬢たちから目を離せなくなっていたアムは、中でも一番かわいい子のところで目が止まった。アムと目が合うとそのコンカフェ嬢はニコッとして、「お帰りなさいませ。ご主人様」と言って頭を下げた。それにアムもうっかりニコッとした。それを見てとったコンカフェ嬢はアムのところまで歩幅の小さな速足でやってきた。そして、アムの手を取って、目をジッと見つめると言った。
「私ね、ラン」
「ラ…ン?」とアムは戸惑った。
「そう。そう呼んで。あなた名前は?」
「あ……、おれはア…ム」とアムは照れて言った。
「そう。アムさん。よろしくです」
「あ、こちらこそよろしく」
「あっ…」とランはアムの服を上から下まで眺め、ジャケットの胸襟を指でなぞって言った。「これはアメジアのオリジナル・ブランドのササシマ・タオの服ですね。さすがセンスいいでちゅね」
それから「さあ、アム、こっち」とランはアムの手を引いて、ピンクの絵の看板がかかっている店に連れていこうとした。アムが引かれるままについていこうとすると、背後からポッシェの声が聞こえた。
「店に入ると身ぐるみはがされて出てくることになるぜ」
これまでの店員たちの態度の醜悪さが頭をよぎりアムは足を止めた。すると、ランは首を傾げ、アムの目を覗き込んだ。
「どうしたの? アムたん。こっちだよ。さ、行こ」と鼻にかかった声でアムの手を引いた。
「いや……」と、アムは立ち止まって、手を振りほどこうとした。
ランは目を吊り上げチラリとポッシェの方へ目を遣ると「あんなババァ、ほっといて」と吐いた。それから、目じりをトロンと下げて、握った手を振った。
「さ、行こ」
それでも、アムが手を振りほどいて行こうとすると、ランは、「もう、つれないんだから。もう、こうするぞ」と言ってアムを手でひっぱり、抱き寄せた。
ランはアムに顔を近づけ、上目遣いで見た。ランはアムの首筋をそッと撫で上げ、顔を両手で押さえつけると、唇を寄せてきた。ランの熱い息と、良い香りの香水の匂いが顔を覆いつくした。ランは唇を合わせると、アムの口の中へ舌を突っ込んで、舌をからませてきた。それは人間のものとは異なっていた。長く、二股や三股というふうに自在に形を変え、舌の裏側、頬の内側など、口内のあちこちを刺激しまくった。感触といい温もりといい、舌と唇は、最適の温度と感触に調節されているようだった。ランとのキスは今までに味わったことのないほどに気持ちの良いものだった。もっともアムはまだあまり経験はなかったが……。快感に酔いしれていると、突如、口の中いっぱいにシュワッと炭酸がはじけるような感覚が広がり、甘い糖衣の味がした。
何かのドラッグかな……。何のドラッグだろう?
舌も、口も、喉もスーッと冷たくなってくる。その涼しさとは裏腹に、身体の芯が熱くなってきた。心臓が高鳴っていき、胸にむらむらするものを感じる。無性に、今すぐにでも、このランのことを抱きたくなった。アムはランを抱く腕に力を込め、自らもランの舌へ自分の舌を絡ませていった。ランの舌が、まるでふざけているかのように逃げていく。アムはそれを夢中で追った。口の中で追いかけっこをしているようだった。相手は長さを自在に変え、姿を変えるので、なかなか捕らえられない。くそう、待て、とやっと捕まえたと思ったとき、ポッシェの声が聞こえた。
「気を付けな。キスに媚薬を仕込んでいる。フラフラじゃあ、この次の賭け試合を闘えないぞ」
この言葉にハッとしてアムは、ランの唇を離そうとした。しかし、離そうとしても、ランの手に余計に力が入るだけだった。それどころか、ランの舌が細く伸びて、アムの唇をヘビのようにくるくると巻いてきた。アムは喚こうとしたが、喉から息が漏れてくるだけだった。アムは満身の力を込めて、ランの唇を離そうとする。かすかに遠ざかったが、すぐに近づいた。また遠ざけると、近づいてくる。それを何度か繰り返すうちに、ランの唇が離れていった。長い舌がシュルシュルと音を立ててランの口の中に入っていく。まるでヘビを呑み込んだように見えた。
舌を口の中に収めてゴクリとしてから、ランの瞳が猫のようにキュッと細くなった。
「私の体の芯に火をつけたわね。特別な大人オプションがあります。それをやるまで、離さない」
ランの瞳が火がついたようにオレンジ色に発光しだした。それからランはアムをきつく抱きしめた。アムは、身体を離そうとしても、びくともしかなかった。
「大人オプションやるよね?」
そう言って、ランはさらに力を込めてアムを抱いた。アムの胸が苦しくなってきた。
「いや…、その……」と言って、離してくれ、とまで言おうとしたが、ランの抱く腕がさらにきつくアムの胸を締め付けたので声が出ず、ただ、うッ、うぐッ…といううめき声だけが絞り出された。
「大人になるよね? ランをここに一人だけおいてくなんてこと絶対しないよね。ね? ね…」
アムは必死になってランを引き離そうとしたが、ますますランの腕に力が入っていった。
「オムライス一万円でございます」と突然、ラムがかわいい声で言った。
「た、高すぎ……。ぼったくりだ」とアムがやっと絞り出した。
「ただで、若くてきれいな女の子とご飯が食べられると思ってんの。これでも安い方なんだから」とランはさらに強烈にアムを抱きしめた。
苦しくなってきた。息もできない。助けてくれ、と叫ぼうとしたが、声も出ない。あばら骨が圧迫されすぎて、肺が膨らまず、ただただ息が気管から漏れるだけだった。背骨がギシギシと軋み始めた。殺されるッ、とアムの脳裏に恐怖がよぎった。しかし、どうすることもできない。ランの力は重機のように強く、人間の力ではビクともしない。アムの意識が少しづつ薄れていった。と、そのときドンッという衝撃がランのボディから響いてきた。ランの締め付ける力が止まった。それから、ランの全体重がアムにのしかかった。アムは、ランに抱きつかれたまま床に倒れ込んだ。ランのボディの全重量がアムにかかった。見上げると、弾を撃ったばかりの銃を構えたポッシェの姿が目に入った。
「だから、気を付けろと言ったろう。ここの性処理用アンドロイドの暴走で、すでに二人の客が死んでいる。重症を負わされたヤツも何人もいる。アメジア・グループは大金をばら撒いてそのことをマスコミには隠ぺいしてるけどな。もし、私が、この銃で、こいつの内部モーターを撃ち抜かなかったら、お前も、そうなってたぞ」
「サンキュー」とアムはロボットの下敷きになったまま礼を言い、咳き込んだ。「それにしても物騒なもの持ってるな」とポッシェに言った。
「こいつがなければ、今頃お前の背骨がへし折られていた。また、使うかもしれないね。さあ、そんなとこで寝てないで、先へ行くぞ」
「わかった」
そう言って、アムはランの抱擁から逃れようとした。そのとき、ジッと固まったままになっていたランのボディから、金属的な音声が聞こえてきた。
「ふん、この、いけず。ガキがこんなとこへ来るんじゃないよ。この粗チンが」
それを聞いてポッシェが笑った。
アムは何とかランの下から這い出て立ち上がった。ランを見下ろすと、背中に開いた穴から煙を上らせているランが表情をピクリとも動かさず、「大人オプションや…る……よ、ね? 3万円……」と音声を流した。
「こいつにも心があったのかな?」
「さあ、私は無いと思う。なんでそんなこと言うんだい?」
「うん……、人間みたいなぬくもりだったし、心臓の鼓動も感じた。絡みつく腕と舌が情熱的だった」
それにポッシェは失笑して言った。
「ぬくもりも、ハートも造り物。ただのヒーターとパルサーさ。プログラミングは、きっと、きつく抱きしめるブラジル娘風に書かれてるんだろ。それに媚薬には脱法ドラッグが仕込まれてる。そいつが効いたんだ」
「だったらいいけど……」
「ただ、アンドロイドにも心に近いものは形成される、とは聞いたことがあるけどな」
「そうなら、殺してしまったのはちょっとかわいそうだな」
「こいつを破壊しなければ、お前が殺されてた。そんな甘いことを言ってると、ここから先、命取りになりかねないぞ」
「そうだな……」と、アムは次に控える闘いのことを考えると、気分が少し暗くなった。
最初のコメントを投稿しよう!