一話目

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一話目

 由延(よしのぶ)が廊下の角を曲がって見えなくなってから、 「もう、行ったぞ」  と声をかけた。  静かに理科準備室のドアが開いて、 「おお、サンキュー」  素彦(もとひこ)がそうっと顔を出した。  テスト期間中は部活は休み。真っ直ぐ帰って勉強するべきなのだが。  よっちゃんは違った。 「一緒に帰るだけだからさぁ~」 「勝手に帰れよ」 「もっちゃんもー」 「知らねぇーよ」  三組の早坂さん達と一緒に帰りたいよっちゃんは、朝からしつこかった。  二学期の期末テストだぞ、ちゃんと勉強してんのか?  人の心配をしている場合じゃないけどな俺も。  よっちゃんは早坂さんが好きなのだが、まだ告白はしていないそうだ。  平日は一番遅くまで練習しているサッカー部。一緒に帰るなんてことは、マネージャーになってもらわないと無理。しかし、顧問の方針でうちは女子のマネージャーは入れない。 「頼むよ~」   情けない声で手を合わせる。 「嫌だ」  容赦なく断った。  ――――のだが、 「待ってって!」 「しつこいっ」  放課後、腕を掴んでグイグイ引っ張られた。  もう約束していたらしい。  事後承諾で何とかしようなんて、よっちゃんのくせに。  俺は、一瞬力を抜いて油断させてから、腕を振り放した。  フェイントは決まり、下駄箱から反対の方向に走り出すが、今回のよっちゃんは本気のようで、追いかけてくる。  追いかけられると捕まりたくない。俺は部活並みに走った、よっちゃんもついて来る。途中、どうでも良くなってきたが、よっちゃんがあまりにも真剣なので、やっぱり逃げた。  2号館まで逃げ回って、理科準備室のドアの前、丁度、鍵を開けようとしている(かなめ)に会った。 「はっ、要っち、もっちゃん、来な、かった」  息も絶え絶えの由延に聞かれ、 「あっちに行った」  首を進行方向に振る。 「おお、サンキュー」  と言って、また走り出した。
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