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五話目
「あのさ、きゃなめは聞かねぇの」
「……何を?」
もう視線はメダカに戻っている。
「よっちゃんのことだよ」
「いつものドタバタに見えたけど」
と言いながら水草をひっくり返す。
「ここまで本気で走ってねぇーよ」
ちょっとだけ声のボリュームが上がっただけなのに、
「大声出すなよ、メダカがびっくりする」
と制服を引っ張られた。
俺の話より、メダカかー。
「こっち」
そのままメダカのバケツから引き剝がされて、元の場所に座らされる。
「言いたければ、ここで言え」
要は立ったまま作業机に寄りかかって見下ろす感じ、が。
……言いづらい。
間が持てないから言うけどさ。
「……よっちゃんは三組の早坂さんが好きで」
「俺、それ聞いていいのか?」
その質問は無視して続ける。
「今日は一緒に帰る気で、俺も一緒に。……ただ、早坂さんの友達も一緒で、友達は俺のことが……好きらしくて…………」
言葉にするとむず痒い、なんか恥ずかしいな、これ。
「良かったな」
何でもないことような生返事に、
「はあ、ちっとも良くねぇーよ。気まずい、すげー気まずい!」
机を叩きそうになって、握った拳を空中で止めた。
メダカがびっくりするからな。
「嫌いなのか」
「知らん。話したこともねぇーよ」
「じゃあ、今日話せばいいじゃん」
尤もなことを尤もな顔で言わないでほしい。
「嫌だよ。……関わりたくない」
何となく唇も尖る。
「何で、他に好きな人いるの、お前」
「……そうじゃない。……関わったら、無視できなくなる。それで、俺は断って、よっちゃん達が付き合ったら、もっと気まずい。……あーあ、早く勝手に、知らない間に、あっという間に、俺のこと何とも思わなくなってくれねぇーかな……」
首の後ろをかいて、項垂れた。
俺、何言ってんだ要に。
「何それ」
呆れた声が届く。
「俺、来年卒部するまでちゃんとサッカーしたい。その後は受験だろ、休みはずっと寝ていたい」
付き合うとか、正直煩わしい。
「それ言えば、簡単に嫌われるぞ」
「嫌われたいんじゃなくて、忘れてほしい、透明人間になりたい」
むくっと顔を上げて要の顔を見ると、
「お前、めんどくせー」
眉間に皺が寄っている。
知ってる。でも本心だからしょうがない。俺のどこを気に入って、そういう気持ちになったかは、聞いてみたい気はするけど……いや、やっぱりいいや。
「……じゃあ、要だったら、どうするんだよ」
「今は誰とも付き合う気はないから、ごめんなさい」
躊躇うこともなく、さらっと言った。
言い方が慣れている、おい、何でそんなに慣れてるんだ。
「……お前、もう、誰かにそれ言ったな!」
「俺のことはどうでもいいだろ」
一瞬、メダカよりも目が泳いだ。
「誰に言ったんだ、何人に言ったんだよ」
俺より足遅いのに、運動嫌いなのにー。
腹の奥が騒がしい。
「だから、めんどくせーって」
要の眉間の縦皺が濃くなった。
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