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「ポルシェが無事でよかった、おいでポルシェ」
そう呼ぶのは杜若椿僕の好きな人だ。
答える代わりに尻尾を振る。僕には一軸一位と言う名前があるが、今は犬だ。
五月の風が冷たい。
高校に通うようになって一年と五か月。いつも同じ道で飽きてきたのでたまには違う道を通り変えることにした。
たまにこうして違う道を通ると少し気分転換になる。
川を横目に見ながら歩くと変色した桜の花びらがちらほらと落ちていた。
今日もまた何もない一日。登校してクラスメイトとしゃべって、授業を受けて昼休み。また授業を受けて放課後帰宅。その繰り返しだ。
ぼんやりと頭を空っぽにして歩いていると、何かがばたつくような水の音がした。
音の方を見るとリードがついた犬が川の中でもがいている。
ーー泳げないのかあの犬。
僕はブレザー、靴と靴下を脱いでズボンと袖ををまくり、川へと入った。
川は見ているときよりも勢いがあり、体を押される感じがする。あまり深くないのが幸いだ。
犬の元へと行き大丈夫大丈夫と声をかけ、柴犬ほどの大きさのその犬を抱え川岸へと泳ぐ。
抱えている状態では泳ぐのは困難だったが、リードを持ち引っ張るようにしながらなんとか岸へとたどり着いた。
川から上がると水を吸った服がまとわりつき重さを感じる。
犬は全身をブルブルと震わせ水しぶきを勢いよく飛ばした。
リードのついた犬は日本犬を思わせる風貌でクリームの毛色をしている。
犬は舌を出しポカーンとした表情でこちらを見つめている。
リードの先を足で押さえワイシャツとズボンを絞っていると、一人の中年女性が「ポルシェー」と呼びながらこちらに向かってきた。
犬は尻尾を振り女性の方へ行こうとしてたので足を浮かす。犬は女性の元へ一直線に走っていった。
「良かった……!」
ひとしきり犬をなでると女性はこちらにちかずき頭を下げてきた。
「うちのポルシェを…ありがとうございます」
女性によると犬、ポルシェは散歩中、突然鳴り出したサイレンに驚き急に走り出してしまったらしい。
ポルシェは泳げないらしく、おそらくどこかの橋の隙間から落ちたのだろうと僕と女性は推測した。
女性はよかったらこれ……、と持っていた袋を差し出してきた。
ただ助けただけで悪いと思い断ったが命に比べたらと押され渋々受け取る。
女性は最後にもう一礼し立ち去って行った。
僕はもう一度服を絞り、靴やブレザーを回収。乾いていないワイシャツの上から着るのははばかられたので、肌寒さは感じるので片手で持ち歩き出す。
何をくれたのだろうか、気になり袋の中を覗く。丈夫な箱には高級和牛肉と書かれていた。
その文字を見て頭の中は肉のことでいっぱいになった。
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