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「……貴女は、パンが好きなのですね」
ある程度の説明を聞き終えた後、私は彼女にそう声をかけた。すると、彼女は大きく目を見開いたものの、すぐに頬を染めて「……まぁ、そうですね」と言ってくれる。
「私、パンが好きです。このお店のパンも、好きです。……父と母が丹精込めて作っているパンが、大好きです」
「……そう」
「でも、ここってほら、辺鄙な田舎ですから。あまりよさも広まらないと言いますか……。あぁ、このノールズの人たちに不満があるわけではないのです。ただ、もっと他の人にも食べてほしいって、言いますか……」
彼女は肩をすくめてそんなことを語ってくれた。
ここは巨大な街とは違って観光客もほとんど訪れない。そうなれば、なかなか大勢の人に食べてもらうということは難しいのだろうな。
(……期間限定で大きな街に出店とか……出来たらいいのだけれど)
そう思っても、その費用がないのだろう。
そんなことを思いながら私がいろいろと考え込んでいれば、彼女は「あ、気にしなくでくださいね」と目の前で手をぶんぶんと横に振る。
「私のちっぽけな夢なんて、領主様の婚約者の方が気にするようなことではありませんから」
「……ですが」
「ただ、いずれは夢持つ若者を応援してくれるシステムなどがあったらいいなぁって、思っています」
彼女の言葉を聞いて、私は「少し、考えてみますね」という。それから、パンを選ぶことにした。
「これと、これと、あとこれを二つずつもらえますか?」
「……大量ですね」
「ギルバート様と一緒に食べるつもりなので」
少し照れたようにそう言えば、彼女は「……幸せそうですね」と言ってパンを袋に詰めてくれる。
「……幸せ、なのでしょうね」
いろいろと悩みもあるけれど、私はここに来てからずっと幸せだ。それは、間違いない。
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