第1話 いつもの日常

2/4
4553人が本棚に入れています
本棚に追加
/219ページ
 ふわりとした風が、私の長い桃色の髪を揺らす。靡く髪を軽く手で押さえ、私は専属侍女の一人であるクレアを連れて、ウィリス王国の東の辺境伯爵家、リスター家のお屋敷のお庭を散歩していた。 「今月も、綺麗に咲いたわね」  咲き誇る花々に視線を向けながらクレアにそう声をかければ、彼女は大きな橙色の目を細め「シェリル様がお世話をする範囲も、かなり増えましたよね」と返答をしてくれた。だから、私は頷く。  私の名前はシェリル。落ちぶれた侯爵家と呼ばれていたアシュフィールド家の長女だった。しかし、実家は数ヶ月前に没落した。そのため、元家族は今は平民として暮らしているとかなんとか。私も身分的には平民なのだろうけれど、リスター家の当主であられるギルバート様の婚約者という立場なので、普通の平民とは少し違う……のかも、しれない。 「そうね。庭師の人たちも、私のことを快く受け入れてくれるし……」 「それは、シェリル様が素敵なお方だからですよ!」  クレアはにこにこと笑いながらそう言ってくれるけれど、私はいまいち自分に自信が持てない。それはきっと、実家で虐げられてきたことが原因だろう。ここにやってきて、私は初めて心の底から愛されるということを知ることが出来た。実家の使用人たちの中には、私の味方をしてくれていた人もいたのだけれど、結局彼らの根本には『同情』があった。それが伝わってくるからこそ、私は使用人たちを信頼しても、あまり心を許すことはしなかった。 「最近では力の方も制御出来ているようですし、寝込むことがなくなったのは本当に喜ばしいです」 「それは、そうね」 「ロザリア様も、シェリル様のことを褒めていらっしゃいましたよ」  笑いながらそんなことを教えてくれるクレアに、私は心の底からの笑みを向けて「嬉しい」と答える。  ロザリア様とは、最近ギルバート様に雇われた私の護衛の魔法使いのこと。王国が認めた魔法使いのお一人であり、魔法の名家であるルシエンテス子爵家のご令嬢だとか。そんな彼女は私よりも三つ年上で、私は彼女のことを姉のように慕っていた。
/219ページ

最初のコメントを投稿しよう!