ハイエース

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 ()(どう)(せつ)()は妹の()()と共に、雑誌『月刊ヴォイスアクター』のグラビア撮影のため黒棺峠へと向かっていた。刹那は叔母の経営する弱小事務所で、マネージャー兼声優として活動している。今回の仕事は永遠のマネージャーだけではなく被写体としても依頼された。   ホント、久びさ……  刹那はこのところ声優としての活動をほとんどしていない。自身がマネージャーであるため、取ってきたオーディションをむしろ受けづらいのだ。そのため必然的にオファーがないと声優の活動ができない。そしてまったくと言っていいほどオファーがないのだ。  そのため今回の依頼は妹のバーターとはいえ非常に嬉しいはずなのだが、実は条件付きだった。その条件とは刹那がマネージャーと声優以外にやっている副業、『拝み屋』をすることだ。   ハァ、あたし、プロの拝み屋じゃないんだけどな……  刹那は霊を視たり話したりはできるが、ちゃんと『拝み屋』の修業をしているわけではない。最近、座敷童子を使役できるようになったが、そちらも使役と言うよりは頼んで色々してもらうと言ったほうが正確だ。『拝み屋』的なことについては、永遠のほうが色々と修業をしているし異能力も圧倒的に強い。だが妹は高校生で学業優先だ。そんな彼女に副業までやらせることは出来ない。とは言え今回は内容が内容だ、永遠の協力は不可欠だろう。  刹那はハイエースの荷室に積まれた二台の自転車に首を向けた。一台は永遠が愛用しているマウンテンバイクで、もう一台は今回の撮影用に借りてきたロードバイクだ。 「昼間でも出るそうなので……」  運転しながら(おさ)()(いち)()が言った。彼女は声優雑誌『ヴォイスアクター』で『わたしの趣味!』という連載を担当している。これは毎月異なる声優にスポットを当て、趣味に対する情熱をインタビューし、楽しむ姿を撮影したグラビアで構成されていた。今回の取材対象は御堂永遠で趣味はマウンテンバイク。本当なら里山トレイルをしているところを撮影するはずだが、長田は個人的に『拝み屋』の仕事も依頼してきた。そのため取材場所を黒棺峠にして、取材対象も永遠だけでなく、刹那もバーターとして参加出来ることになったのだ。ただし、刹那はマウンテンバイクに乗る趣味はないため、インタビューはほとんど永遠が応えている。  そして問題なのが副業の内容だ、今回の依頼は少々込み入っていた。 「長田さん、オプションの依頼内容を確認してもいいですか?」 「はい」  刹那の言葉に長田は前を向いたままうなずいた。刹那の隣に座っている永遠が視線をこちらに向け、助手席に座っていたメイクの(すず)()(みどり)は気づかわしげに一花に顔を向けた。そして膝の上にいる座敷童子の『ザッキー』も刹那を見上げる。 「私の父は自転車を趣味にしていて、黒棺峠にもよく行っていました。一年前もいつも通りのサイクリングのつもりだったんでしょう。坂を登っている途中で、猛スピードで下りてきた河野喜彦が……」  そこで一花は声をつまらせた。 「お父様にぶつかってきた」  刹那が言葉を引継ぎ、一花は無言でうなずいた。その事故により、一花の父、(おさ)()(はじめ)は崖から落ちて河野と共に命を失った。 「今回の依頼は、その河野喜彦を(はら)って欲しいということですね」 「河野は黒棺峠で自転車に乗った人が来ると、猛スピードで追い抜いて行くそうです。その時に驚いて怪我をした人が何人もいて……」 「ネットでも噂になっていますね」  今度は永遠が一花の言葉を補った。現在、黒棺峠は自転車好きよりも肝試しに訪れる人間が多くなってしまったらしい。 「失礼ですが、どうしてあたしたちに依頼を? 長田さんが、対応すべき案件じゃないと思うのですが」  ここがこの依頼が込み入っているところだ。一花の父が問題を起こしているのなら、家族として放っておけないのは解る。しかし、問題を起こしているのは肇の命を奪った河野喜彦だ。依頼料まで負担して浄霊する義理は一花にはない。 「黒棺峠は父の一番のお気に入りだったんです。私も何度か父に付き合って来たことがあります。名前はちょっとおどろおどろしいけど、とてもキレイな場所なんです」  刹那はバックミラー越しに、一花の頬に涙が伝うのを見た。 「父との思い出がある場所に、父が最期を迎えた場所に、父を殺した張本人にいつまでもウロついていて欲しくありません」
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