一章

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一章

出会いは、ある晴れた夏の日のことだった。 夏休み初日。 僕は部活があるのをいいことに、教室へ置いて帰ってしまった課題をとりに教室へ向かっていた。 遠くから、ブラスバンド部の軽やかなメロディーがきこえてくる。 音楽を奏でることができるのは、すごく魅力的だと僕は思う。楽器なんて、音を出すことでさえなかなか容易なことではないし、上手さを追求するとなると、ものすごい努力と才能が必要になってくる。 それを、僕は知っている。 校内1の鬼部活と言われる練習量なのも無理はないな、と考えながら廊下を歩いていると、どこからか、歌声がきこえてきた。 合唱部員だろう、と思っていたが、その歌声はだんだんと教室に近づくにつれて、大きくなっていく。 それに、歌が明らかに合唱曲らしくない。 教室の前に来た僕は、ようやく、その歌声が隣の教室からきこえてくることに気づいた。 そっと覗いてみると、教室内に人影はなく、ベランダに一人の女子生徒がいた。 が、ここからでは、彼女の後ろ姿しか見ることができない。 誰なんだろう。 一度気になってしまうと、もやもやが大きくなってしまい、どうしても知りたい衝動にかられた。 気づけば知らぬ間に、教室内に足を踏み入れていた。 綺麗な歌声に聞き惚れながら、だんだんと大きくなってくるその背中を見つめる。 ─────と。 ガタン 「───っ!」 足に鈍い衝撃が走る。瞬時に、机に足をぶつけたのだ、と悟った。 やばい、と思ったときにはもう遅く、彼女が振り返った。 今さら何をしても遅いのだけれど、本能的にうつむく。 「あなた、誰?」 彼女の黒髪が風に揺れた。 「あの、ええと、そういうつもりじゃなくて!」 じゃあどういうつもりなんだよ、と心のなかで自分にツッコミをいれる。 「ぷっ」 ふいに彼女が吹き出した。 「私は2年2組の華山雨月(はやまうづき)。あなたは?」 「あ、えっと、3組の瀬尾です。瀬尾優樹(せおゆうき)。」 「優樹君、ね。よろしくっ。」 すっと差し出された右手をじっと見つめてからもう一度彼女を見ると、彼女は少し首を傾けて、にこっと笑みを浮かべた。 「よ、よろしくお願いします・・・。」 僕も手をゆっくりと差し出すと、彼女は僕の手をギュッと握った。 握手を交わしながら、彼女の顔を見る。 小顔で、くっきりした二重や、高い鼻。薄い唇に、その間から見える、白く並んだ歯。 男子にきけば、10人中10人が口を揃えて「可愛い」と言うような印象だった。 「な、何をしていたんですか?」 僕が問いかけると、彼女は照れたように頭をかきながら笑った。 「やっぱり見られてたか…恥ずかしい。実はね、誰も来ないかと思って、歌を歌ってたんだよね…。」 そう言って視線を逸らし、グラウンドの方へ視線を投げた。 「あなたは、何をしにここへ?」  「課題を取りに来たんですけど、歌がきこえてきたから。綺麗だなと思って、つい。」 僕が素直に答えると、 「綺麗だなんて、ありがと。」 ポツリとお礼を呟いたあと、彼女は眉を寄せた。 「それと、もう友達なんだからさ、敬語やめない?」  「え…っ。」 「私もその方が楽だしさ。タメ(ぐち)で話そうよ。」 彼女はそう言ってにかっと笑った。
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