一章

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*** 「──何回言ったら分かるの!!ここはクレッシェンドがあるでしょう。もっと強弱をはっきりさせないと、インパクトが残らないじゃない!!」 部屋に響く母親の声。 「もう1度。」という固い声に頷き、曲のあたまからやり直す。 ──僕の両親はピアニストだった。世界に名を馳せるほどの。 だから、姉も僕も、幼い頃からピアノは生活の一部だった。 学校から帰ったら、ピアノ、ピアノ、ピアノ。 友達と遊んだことなど無かった。 「今日どこで遊ぶー?」などと楽しげに会話する声を聞きながら、それでも羨ましいとは思わなかった。 ──だって僕には、ピアノがあるから。 ピアノが上手に弾ければ、コンクールで入賞すれば、両親は嬉しそうに笑みを浮かべてくれた。 それでいい。 友達と遊ぶことよりも、両親の笑った顔の方が見たかったから。 練習のかいあってか、コンクールでは出る度に賞をとった。 「天才」と呼ばれるまでになった。 けれど、大きくなるにつれて、あまり上手に弾けなくなった。 ───その頃からだ。 『ピアノ』が。『音楽』が、嫌いになったのは。
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