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「第六章・安らぎの宿」
彼の家は私が倒れた地点から案外近く、すぐそこの角を曲がったところだった。
雰囲気はあの陽気な今までの街のものとは打って変わり、人通りは少なく、屋台も一軒もない寂しいところであった。そして組まれた石の間に苔が生えツタが蔓延り全体的に影に包まれた、手入れのされていなさそうな家、それこそが彼の家だ。
私は当然不安になった、何故ならどう見てもここが衛生環境の良いところではないのが明らかなのであるから。私をつかんで引っ張ってきた彼はその家のドアに手をかけた、ずいぶんと年季の入った木のドアがきしむ音を立てながらゆっくりとこちら側に開いていく、私が彼の家に入って初めて見たものは外見に比べてずいぶんきれいなドアの内側だった。読者の方が把握していないかもしれないので通達しておくが私は後ろ向きに彼に引っ張られている。
彼は私を引っ張るのをようやめて私は立ち上がり、身なりを整え正面である彼がいる方向を向いた。
「じゃあ、まぁ、何もないけどゆっくりしていってよ」彼が自分の言ったセリフに少々残念そうに言う。
そうは言っているものの彼の家の内装はとても外見とは似ても似つかなく、机の上には実験で使用しているのかやけに本数の多い試験管やビーカー、サイズが大きくのぞき穴が真鍮で出来ているアンティーク調の顕微鏡、真鍮の骨組みで作られ、木の土台には金属(おそらく鉛かスズ)のレリーフが彫られた地球儀などたくさんの高そうな品々が取り揃えてあった。
私がずっとそれらを見ていると当然とばかりに彼が首を突っ込んでくる
「気になるでしょう?これはねぇ私が日々研究を進めるために必要な実験道具たちだ、私はこれで多大なる実験報告をしているのだよ」
私は彼がそんな逸材には見えなかったが、私の憶測はあっているだろう。これらは新品同然にきれいなのだ、ところどころ埃をかぶっているところもある、あれはただの虚言だ。
近づいてそのものたちをよく見てみる、彼が触らないでくれというので見るだけで、これらはほとんど実際に使える本物らしかったがやはり使われた痕跡はない、その旨を彼に伝えてみると…
「‥…ばれた?」と帰ってきた
「こういう・・・なんというか実験所みたいな感じ?が好きなんだよねぇ。なんと言うかさ、何でもできるというか、わからないものに向かって懸命に取り組む姿ってかっこいいじゃん?少しでもその雰囲気につかりたいなぁ、と思いまして…ねぇ」
最後の方に彼は自分の言っているセリフが恥ずかしくなったのか敬語になりかけていた。だが気になることがある、確実にこれら雰囲気作りのために配置されている物たちの値段は高い、おそらくべらぼうに。真鍮を加工する技術、特にこんな正確に溶かして削る技術を備えているものは少ないはず、それにガラス、私は民家の窓にガラスが使われているのを目にしていない、まだまだ一般に生活している人たちには高価なはずだ、そんなお高い品々を一式揃えることが常習的に詐欺をしようとして私にまで被害が回ってきた彼に出来るのだろうか。
「いやぁ、あの…ね?」
前後関係が逆なのだ。
詐欺をしているのになぜこんなものが買えるのか、ではなく
「こんなにも高価なものをたくさん揃えてお金が無くなったから詐欺をしているのだな?」これの返答がさっきの動揺している言動だ。
あまりにも自己中心すぎる、彼は私を二度も落胆させた。
そんな気持ちになりながらも私は彼の家の捜索を続ける、彼はすでに元気を失っていた。
玄関の方を再度見てみると、そこには脱いだ靴を置くためのすのこの板、だがそこに靴はなく私たちも土足で家の中に上がっている、理由はここの床を見ればわかるだろう、土を固めてでできているのだ。この大きさの木板を作るのが難しいか床にするノウハウがないかの二択だろう、作るのは大変で床一面に敷き詰めてもワックスとかがなくてすぐ腐ったり虫とかに食われたり、高いのに長持ちしないというのも床になっていない要因の一つかもしれない。
その他にもいろいろなものを見た、壁にあるのはランタンをかけておくための杭、並列して帽子をかけておくための杭、木の板で開閉が出来るようになっている窓、それは今しまっていて、この家の光源はところどころ隙間から差し込めている外の光のみの状態だ、来客がいてもランタンに火をつけずにほんの少しの光のみの空間に放置ということは相当節約したいのだろう。
さらにここの奥にドアがあり右側には窮屈そうだが上に続く階段がある、私は先ほど徴税人のような人を見かけていたのでおそらくこの家に税金を納める義務があるはずだ、ならなおさら彼を苦しめている原因なのではないか、私は彼にそう伝えてみたところ
「こんなにたくさん買い物しているし、観光客をただ詐欺するんじゃあなくて観光施設とかにも連れて行ったりしているから少し納税する期間を遅らせてもらったりしている、それにちゃんと税はおさめてるから大丈夫だよ」
観光客から盗った金だけどね。彼はそう付け足した。
本当に大丈夫なのだろうか、評判とかを気にしたりは役所の人達はしていないのか?
そんなことを思いながら私は壁にかかっている記事のようなものに目を通す、今初めて気にしたがこの世界、紙が多く使われている。バナナの茎からでも作れるから、この程度の文明でも紙の存在さえ知っていれば木をたたきまくって灰汁で煮込んで乾かせば作れるだろう、さほど不思議なことでもないのかもしれない。
それらはコルクらしきものが張られたボードに小さな釘のようなもので止められていた。
日本でコルクの元になるコルクガシは取れない、同じコナラ科のクヌギならあるが、あれはコルクの代わりになりうるのだろうか、どちらにせよ私はコルクボードよりもここに新聞のシステムが残っていることに驚いた、ここの日付が分かった、四〇四二年七月二十六日だ。道理で暑いわけだ。
その中新聞の中には聞き覚えのある国の名前が複数見受けられた。
韓国やアメリカ、中国、仮面の国レクールの名もあった、あの時は不穏な動きをしていたがまだ存在していたのだな、もちろんこの国以外にもカナダもドイツもまだ存在しているらしい時々名前が出てくる、日本は何かしら輸入はしているのだろうか。しているだろう、この国は塩は取れない鉄も取れない貧乏国家、輸入がないなら日本は一気に奈良時代まで真っ逆さまだ。
その他にも絵が飾ってあった、彼ともう一人友達だろうか、男性が写っている、だがそこからほかの所に興味が移った、視界の端に階段が移った、階段の上には何があるのだろうか。彼に許可をとって二回に上がらせてもらった、またこれ書きながら考えてみたが私は勝手についてきて勝手に家に上がって勝手に家を散策しているのだ傲慢極まりない、それに彼に説教じみたこともしてしまっている。
少し小さい階段への入り口をくぐり階段を上る、この階段は石造りでかなり頑丈に思える、相も変わらずここも暗く隙間から漏れる外の光のおかげでかろうじて足元は見える、松明をかける金属のようなものが壁に打ち付けてあるのは確認できるが当然のごとくそこに松明の姿はない。
そのまま暗い階段を上がっていく、階段を上り終えるとすぐに寝室があった、何の変哲もない布団が一つ。
その隣に木の机と椅子が一つ。
「君も布団で寝たいかい?」彼が私に問う
出来ればそうしてもらいたがそこまでされる義理は私にはない。
「用意があればでいいです」
「じゃあ布団で寝てもらおう、悪いけど寝室はここしかないから共用だよ」
彼が布団を二つ持っていることを私は彼に聞こうと思ったがこれを聞いてはいけないように思った、あの仲良さげに描かれている絵を思い出したのだ、あの写真に写っていた人がここで寝ていたのかもしれない、彼に失望して出て行ってしまったのかも、過去をえぐる必要は感じなかったので私はそれを聞くのを諦めた。
彼の布団の反対側にも同じような机と椅子が埃をかぶっている。
{第六章 衝撃の事実}
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