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後は、いつか。あの窓辺に立った自分と偶然に出会えたらいい。まるで先生に再会するみたいに。そしてあの時に、大切なものを見つけたばかりの自分に出会えたらいい。そしてまた再認識するだろう。自分が何処にいるかを。
なのに。充はあの絵から目を離さず、多恵子がいつ見に行くか黙って見守っていたという。
そしてついに。あの絵が三浦謙の個展の為に、広島市に送られることになったとのこと。
『個展で即売するそうだ。藤岡さんが言うには、雪子は絶対に売れて戻ってこなくなると言っている』
俺達の手に届かない商品となって。だから行ってこい。
私はモデルだったから見るのではなく、その展示で偶然に出会った観覧者として自然に会いたいのに、なんでそんな無理に行かせるの。
そんな言い合いを数日。土曜の休日で一日中家にいる充と朝からやりあって、我慢出来ずに、午後になって多恵子は飛び出してきてしまったのだ。
でも……。多恵子は大通公園の空を飛ぶ鳩を見た。
でも、家を思い切って飛び出してきた訳を多恵子は充分に分かっていた。
『先生の絵が、もう一枚あった。雪子とはまったく違う絵が』
それを聞いてから、多恵子に迷いが生じた。
そこに出て行った先生がどうしているか判るものがある。自分の絵以上に、その絵が見たい……。
『わざわざ三浦先生から、札幌の藤岡画廊に送って来たんだそうだ』
そして充は、まるで誰かを代弁するかのようにきっぱりと言った。
『お前に見て欲しくて、先生は札幌に送ってきたんじゃないか』
胸がドキリと蠢いたのを、夫もきっと感じ取っただろう。それでも充は言った。
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