離れがたいくちびる

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 別れのキス。  乗車予定の新幹線の発車時刻は刻一刻と迫っている。  このくちびるが離れたら、そばにいられなくなる。また別々の生活が始まってしまう。次に会えるのは一ヶ月先?二ヶ月先?それとも――  会えるのはもちろん嬉しいけれど、この別れ際という時間が何度味わってみても慣れなくて、辛くて悲しい。また明日からどうやって暮らしていけば、と思うと気が重い。  そんなことを考えながら行う別れ際のキスはどれもこれも、思い出せば涙が出るほど苦い思い出となって記憶に残った。  まだ、離れないで。  薄くてひんやりとしたくちびるに願う。  もっと、ゆっくりキスして。  無意識に、背中にしがみつく。離れたくない、誰にも渡さない、と。  くちびるが、ゆっくりと、離れてしまった。  絶望にも似た心持ちで表情をうかがえば、耳を赤く染めて俯いている。そして、あんまりしつこくしてると嫌われそうだ、と小声で言うのだった。  そんなつまらないことで嫌いになんて、なるはずがない。  そんなこともまだわからないのか?と不服にすら感じる。  どれだけ愛しているのかを。  どれだけかけがえのない存在になってしまったかを。  もう一度くちびるに噛み付くようにキスをして、舌でペロンと舐め上げ、顔をくしゃくしゃにして笑った。そんなことで嫌いになるはずがない、という気持ちと、きちんと笑って別れられることを示したくて。  けれど相手は笑っていなかった。その表情は後ろ髪を引くに充分で、笑って無理やり切り替えようとしていた心にまたも鎖のように絡みつくのだ。  いつもこんな顔して困らせてたんだろうか、と自らを省みたりしてみても、もうどうしようもない。  一度は離れたくちびるが、再び重なった。 【おわり】
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