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角刈りの男は、しばらくするとまた席を立って、いよいよ私が座っているところまで、目を光らせながらゆっくりと歩いてきた。
来たな…
私はそう思いながら、ただ警戒心を強めた。
「あの…」
男はついに声を掛けてきた。
低くて太い声が耳元に響いたが、私は聴こえていないふりをした。
「ご旅行ですか…?」
男は今度は妙に親しげな様子でそう呟いた。
「…。」
私は見知らぬ男に声をかけられた時に若い娘がよく取る、極めて標準的な警戒の態度を示して、男に返事をしなかった。
すると男は、しばらく沈黙したまま、私の前にただひたすら立ち続けた。
どうするつもりなのか?
私は俯いたまま、男の顔を見ていないので相手の様子が正確には察知出来なかったが、もし襲い掛かってくるようなら、いつでも催涙スプレーを男に吹きつけられる用意だけはしてあった。
しばらく不気味な沈黙が続いたが、バスに乗車してから40分ほどが経っていたその時、不意にもうすぐ次のバス停に停車するという車内アナウンスが流れた。
すると、席横にある降車ボタンが急に点滅したのに気づいた。
バスの乗客は私と、今目の前に立っている男、そして沢村と同行の女しかいないから、どうやら降車ボタンを押したのは沢村たちということになる。
次のバス停で降りるのか…。
私も続いて降りたいが、その前に目の前の男をどうするかだ…。
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