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"つねさん"と呼ばれた角刈りの男は売店の方に向かってから、そこで何やら店員の中年女性と緊張した面持ちで話し込んでいたが、すぐに走り出した。
その走り出した方角は、さっき沢村と女が歩いていった方で、そこには富岳風穴の入場口があった。
だがいつの間にか沢村と女の姿は、忽然と消えていた。
今、角刈りの男と一悶着をやってる隙に、二人はどこかに消えてしまったようなのだ。
私は焦って、すぐに角刈りの男を追いかけた。
さっき売店の女性が"今の人たち"と言っていたことからすると、男は、何故だかは知らぬが、沢村と女を追いかけているように思えたからだ。
皮肉なことに、今度は私が男を追いかける格好になった。
「あの…」
「はい?」
「あの、さっきあそこにいた二人のカップル、何処に行ったんですか?」
「わかりません。これから探すところです」
角刈りの男は必死の形相でそう言って、走り出したので、私もつられて後を追いかけた。
「あの…」
「はい?ああ、さっきはどうもすいませんでした」
男はそう言って小走りの状態から、私に頭を下げてきた。
「一体何がどうなってるんですか?」
私はまるで訳がわからず、男にそう聞いた。
「ごめんなさい。私はてっきりあなたが…。勘違いしてたんです。ヤバいのはあの二人だったんですよ」
「勘違いって?ヤバい、って何ですか?!」
私はさらに男に尋ねた。
「すいません。ここは自殺者が出る樹海です。あなたがその、失礼ながら、そのような場違いなスーツ姿でこんなところに一人でいらっしゃったから、てっきりあなたがその…。でも失礼しました。私を怒鳴りつけてくるあなたの目を見ていて、とても自殺する人間には見えなかった。だがあの二人はどうやら間違いないようです」
「自殺者??」
私は驚いてそう声を上げていた。
富岳風穴…?
そう言えば、ここは樹海の入り口だ。
「私はあの二人は散策用の軽装で、しかも二人でここにいらっしゃったんで普通の観光客のカップルだと思ってたんです。でもあの売店のおばちゃんはひと目見ただけで、長年の経験からどういう相手か見抜けるんです。どうやら間違いないようです」
男はそう言いながら、足を早めた。
沢村とあの女が自殺??
私は未だに訳がわからなかったが、取り敢えず、角刈りの男について行くことにした。
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