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僕は高校生になった。大学は、東京の大きな学校に行く予定でいる。まだ受験もしていないが、本命も滑り止めも東京の学校なので、高校卒業と一緒に僕が家を出るのは半ば確定的と言ってよかった。いくらなんでも、片道何時間もの距離を毎日電車で通うことなどできないのだから。
――そうなったらもう、あの金色を手に入れる機会は訪れなくなる。
僕は焦っていた。幼稚園の頃からずっと欲しかったあの金色の光。どうしても、それを手に入れなければこの土地を離れるわけにはいかないと思っていたのだ。
――あれがほしい。ほしい、ほしい、ほしい、ほしい。ほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしい……!
今思えば。
幼稚園の時、たまたま見かけただけの謎の金の球体を。何で僕はああまでして、欲しがったのか。六歳から数えて、約十二年。十二年も、僕はビルの隙間に転がったアレに執着し続けていた。アレを手に入れるために身長を伸ばそう、バスケ部に入ろうなんて発想になったほどに。
本当なら、大学も地元の学校に行きたかったほど。しかし母の強い反対で(地元にロクな学校がないから、と母には言われてしまった。実際非常に寂れた町であったのは事実だ)東京に大学を受験せざるをえなくなってしまったのである。
僕はその日も、ビルの隙間に手を伸ばす。金色の光、お月様のような丸い光。高校生になって、やっと身長も170cmまで伸びた。ウイングスパンも絶対に長くなっているはず、なのに。
――くっそ、なんでだよ!何でもう少しのところで届かないんだ、おかしいだろ!
舌打ちをしたところで。僕はようやく、何かがおかしいことに気づいたのである。
何故、僕はこんなにもあの金色が欲しいのだろう。
何故、幼稚園の時に“もう少しで届く”と思った距離にあったはずの物体に、大学生の体格になった今でも手が届かないのだろう。
そもそも。ビルの隙間とはいえ、何故こんなにも真っ暗闇なのか。
雨が入り込まないはずかない。泥が落ちないはずがない。それなのに、どうして十二年もの間、あの金色は何も変わらないようにキラキラと光り輝き、僕を魅了し続けていたのか。
――あ、れ?どう、いうこと?僕は……。
少しだけ、理性が戻ってきた。そんな僕の指が、金色の手前の地面を引っ掻く。さわり、と細い糸のようなものの感触を拾った。いくつもの細い、細いものがざわざわとビルとビルの隙間を蠢いているのがわかる。
唐突に、気づいてしまった。
それが、髪の毛であると。大量の髪の毛がビルの隙間をみっちりと埋め尽くしていたせいで、その空間が真っ暗に見えたのだと。そしてそれは、風もないのに生きて動いているのだと。
――と、いうことは、あの、金色、は。
僕が見つめる先。
髪の毛にまみれた闇の中、金色の光がころん、と動いた。
動いて、二つになった。
それは確かに球体だったのである。そう、誰かの――目玉。
「ひっ」
次の瞬間。
隙間に突っ込んだままだった僕の手を、何かが強く掴んで引っ張ったのだ。
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