1 人降る塔

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 我に返った吉彦はリビングボードに置いてある電話の子機を手に取って、送話口の上の数字ボタンを指で押した。 「あれ? あ、あれ?」  どうやら繋がらないらしい。 どうせ指が震えて他のボタンでも押してしまっているのだろう。 「もうっ」  私はため息を吐きながらテーブルの上に置かれた自分のスマホを手に取った。そして生まれて初めて119番に電話をかけようと画面のロックを外した。 「え? うそ」  明るくなった画面の上部に現れたマークは圏外だった。  いったいどういうことだろう。このマンションの中で圏外になるのは初めてだ。どうやら吉彦と美結のスマホも同じように繋がらないらしい。  ああ、もう! 一刻も早く救急車を呼ばなくてはならないのに! 「ちょっと、貸して! ……あ、れ?」  私は携帯電話を諦め、吉彦から子機を奪い取り、そこからかけようと耳を近づけた。  本当に、ウンともスンとも言わないのだ。充電が切れているのかと思い、寝室の親機でも試してみたが同じ事だった。  これは一体どういうことだろう。 「ちょっとママ! ワイファイも繋がってないんだけど!」 「え? あら、ホントだ。回線の調子が悪いのかしら」  こんなことは初めてだった。このタワーマンションは光ファイバーによる高速インターネット回線が全室で利用でき、専用回線を利用した最新セキュリティシステムがこの【ドリムアール千奈牧】のウリのひとつでもある。まだここに住んで二年足らずだが、インターネット回線が使えなくなった記憶は一度も無い。 「おかしいなぁ、停電しているわけでもないのに」  吉彦は部屋の明かりや、未だ流れていた映画のスタッフロールを眺めながら首をかしげている。  ドス、ボコ、ガタン  まともやベランダの方から鈍い音がした。  今度はやや小さく、少し遠くで響いた気がする。  一体何が起こっているというのだろう。  私は覚悟を決めてベランダへ出ることにした。
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