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【二】文と神
後世の人々にも〈本能寺の変〉として長く語り継がれる謀反を起こした男、明智光秀。その三女である珠は、とてつもない美人で、且つ気性が荒かった。
そんな珠が文字通り人が変わった、つまり温和で忍耐強く慈悲深い性格になったのは、キリスト教の教えに出会ったのがきっかけだそうだ。
もうひとり、キリスト教に出会った過激な人物がいる。
ほかでもない珠の夫・細川忠興その人である。
元はと言えば、忠興の親友である高山右近がキリシタン大名だった。
信長亡きあと天下人となった秀吉のとりなしで、幽閉先の味土野女城から大阪屋敷に戻された珠に、忠興が親友の話をして聞かせ、心に信仰の種を植えた。土壌は整っていた。謀反人の娘として山奥に幽閉されていた際に、珠を支えた清水いとの父親・清原枝賢がキリシタンで、いとから神の教えは聞かされていたのだ。
味土野の幽閉から大阪屋敷の監禁生活へと場所を移した謀反人の娘・細川珠。
夫の入れ知恵でいよいよ求道の熱が高まった。そんな夫は豊臣秀吉の九州征伐に出陣。好機到来、珠は侍女たちを引き連れて教会へ出陣。復活祭の説教に胸打たれ、日本人の修道士に洗礼を志願した。身分を隠していたので断られてしまったが、もとより気性の激しい珠である。へこたれない。むしろ燃えた。求道の炎が胸の奥がぼぉぼぉ燃えた。
「それこそが、でうす様の招きであったのじゃ」
語り手を棕櫚に戻そう。
棕櫚は、上記のあらましをざっと聞かされ感動しているところである。
「そうですかぁ!」
「求道の歳月を思い返すと、しみじみとそう感じる。でうす様の光に導かれ、このガラシャは救われた。ぱらいそに迎えられるその日まで、感謝の祈りは日々強くなるばかりじゃ」
「ぱらいそ?」
「人の世を終え、この魂は神の国で目覚める」
「浄土の事ですか?」
「浄土とは似て非なるもの。修行を重ね悟りを得る必要はない。でうす様は、ただこの身ひとつを愛し、招いてくださる」
「……秀林院様は、忠興様よりでうす様のほうが、お好きなんですね」
「……」
黙り込んだ秀林院様も、お美しい。
その澄んだ瞳の先に走る文字もお美しい。
私は今、秀林院様の文が書き上がるのを傍に侍り待っている。
この文は秀林院様にかつて仕えていた小侍従へ宛てたもので、嫁ぎ先の平田家に送られる。とても信頼している相手だそうで、気難しい清水家のいと様も一目置いている人物だ。
お会いしてみたかったような……
でも、妬いちゃいそうかなぁ……
あとで霜姐に聞いてみよう。
「夫の愛と、でうす様の愛は違う。そなたもいずれわかる」
「難しそうであります」
「そうか。案ずるな。難しく思えるような事柄も、でうす様のほうから導き、目を開いてくださる」
「なにはともあれ、でうす様ありきなんですね」
「そうじゃ。神は、常に共に在られる」
秀林院様が筆を置いた。
その口元が微笑んでいて、私はもう、見惚れてしまって……
「今、この場。そなたと、このガラシャの間にも」
澄んだ深い瞳で見つめられて、心はフニャフニャだ。
「秀林院様しか見えません……」
「そうか」
しまった!
声に出てた!!
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