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「おはようございます。今日からこちらでお世話になります、崎谷です」
始業5分前を切った時点でフロアに居るのが数人。女性ばかりだったがじろりと眺め回された挙げ句の黙殺を食らい、これは何らか『申し送り』の結果だろうかと想像すると打たれ弱い今時の若者を早々に決め込みたくなる。
新卒一斉研修への参加も許されず即配属。ってことでよかったんだよな?
若気の至り、当時付き合っていた男に連れられて一度だけ参加した、LGBTの権利を主張し差別に抗議する趣旨のパレード。今なら恋人の人権すらガン無視だったDV男がちゃんちゃら可笑しい、と鼻で嗤い飛ばすところだが、少なからず依存のケがあった当時の俺は言われるままに集団の一員として練り歩き、気づかないところで写真に収まっていたらしい。
どういう検索をかけたのかは知らないが、そんなネットの海に漂うデブリを就職先に把握され新卒採用即左遷――曰く「セクハラで不満が出やすい女性ばかりの部署だもんで、君なら安心だからね」とのこと。
セクシャルハラスメントの意味から見直せ、やら、今まさにお前が俺に投げかけた言動がセクハラそのものだが、やら、言いたいことは多々あれど、またすぐに就活を再開する気力もないままキレ散らかすタイミングも逸し、俺の配属先は同期に先駆けていち早く決まり『お客様相談窓口コールセンター』と相成った。大学で学んだことを活かし開発を希望……随分とお花畑だったエントリーシートの文面を思い出すと笑えてくる。
「あぁ、ごめんね崎谷くん!」
慌てたようにかけられた声。俺の他には一人だけの正社員だ、と聞いていたフロア長の人だろうか?
振り向いた目の前が控えめなストライプで埋め尽くされる。
「初めまして、コールセンター長の宮代 善爾です」
好みドストライクが済まなそうな顔で立っていた。
「あ、あの、初めまして……?
今日からの、あの、崎谷 樹と申します」
「ほんとに申し訳ない、迎えに行ったらよかったですね」
ここ、すぐわかった? と長身をかがめて聞いてくる顔が、近い、気がするのに全く嫌じゃない。
可愛げのなさの一つの要因とも言われた俺の身長は176cm(もっと小さくて上目遣いではかなげに頼ってくるようなら考えてやった、という趣旨の理不尽なダメ出しを食らったことがある)、それに目線を合わせようとしてこんなになるって、この人一体何センチあるんだ?
「もちろん、ええと、全然大丈夫です!」
語彙力が爆散し顔に急速に熱が集まる。はわわあのそのええと、俺は全くそんな柄でもキャラでもないのに!
「ならよかった。一件、チャットで返しておいたほうがいいご相談が入っていて……
いや、ごめん、言い訳ですね」
「たかが新入社員にお時間割いて頂いたら申し訳ないです」
「たかが?
私は、崎谷くんが来てくれるのを本当に待ってたんですよ」
「え……?」
少し寂しそうに苦笑し宮代さんは「お昼は一緒に外に行きましょう、それまではパソコンのセットアップを」と俺を席に促した。
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