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「崎谷くん、本当に申し訳ないです。
私は会社の過ちを正せるような立場ではないけれど、
個人的には有り得ないひどいことだと思っています」
「そ……んな、やめてください!」
「可能な限り早急に配属変更と他の新卒採用同様の研修、教育を求めていくので、
少し辛抱してね」
わさびに悶絶していたら、唐突にガチトーンで頭をさげられてしまった。もしかして、不安や不満で涙ぐんでいる、みたいに解釈された?
もちろん納得なんかはしていないけど、宮代さんに対して何か思う訳ではない。むしろおかげで少しだけがんばれる気がしてきたところで――というのは、なかなか当たり障りない形で伝えるのは難しいけれど。
「あの、さっき僕が来るのを待ってくださってた、って……」
社交辞令や「どの面下げてのこのこ現れるのか見ものだ」というニュアンスかとも思ったけど、この感じだと素直に受け取ってもよさそうかな。宮代さんの顔をようやくまともに見ながら恐る恐る聞いてみる。
即戦力として期待されているなんてことはまずないだろう。それはわかっている。
まさかご同類という訳でもないだろうし、万が一、だとしても真っ昼間、勤務時間中にそういう意味の言葉をかけてくる人とも思えない。
猫の手でも借りたい、ぐらいのつもりなのかなあ、夜の話ならご希望通りのネコですけど。
くそつまらない自虐ネタをつい思い浮かべてしまいげんなりする。
「……崎谷くんについて、会社からアウティング……という形で
事前に知ってしまっているのだけれど」
「あー……はい。ですよね」
「加えて本当に失礼な質問になってしまって申し訳ないのだけれど」
「いや、もう今更です、
確認しておきたいことがあれば聞いてください」
「あの、女性が苦手……とか、怖い、みたいなことは……」
「それはないです。
恋愛で好きになるのが男性ってだけなので」
恋愛で、とはまた随分お上品な表現で、つまりは性欲を覚えるのは、という意味。
残念ながら俺は甘酸っぱかったりキュンキュンしたり、手をつなぐだけで四苦八苦するような恋愛とは無縁で来てしまったから、『好きになる』は即イコール『抱かれたい』だ。宮代さんにそこまで説明する気、度胸はない。
「……崎谷くん……」
「? は……えええええ!?」
「ごめんねぇぇぇ……
ほんとは早く解放してあげなくちゃいけないけど……
おれと一緒にいてぇぇぇ……」
箸を握っていた俺の手を大きな手で包んで捧げ持ち、抱かれたい男本年度ぶっちぎりNo.1に躍り出た直属の上司は滝の涙を流していた。
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