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駅から家までの道のりは、人通りが少ない。街灯がある道ではあるが、時間帯によっては静けさが漂う道だった。
下校時間がとっくに過ぎている小学校を通りすぎ、誰もいない公園がある街角を曲がると少し斜度がある坂をのぼっていく。走る足音に反応したのか、近所の人が庭で放し飼いをしている犬が吠え声をあげる。敏感に感じて思わず体を震わせた。
そして、だんだん自分の息遣いが荒くなる。
既に見慣れた帰り道は暗闇の空間へと変わっていた。あと数十メートルで莉子の家にたどり着く。汗ばむ手で家の鍵を握っていた。そしてあともう少しのところだった。莉子は何かの存在を察した。そちらのほうを見ると、道路を挟んで並んでいる家の側に立ってある電柱に、人らしき影があった。
何かが。誰かが。
わたしを見ている。
走っていた自分の足は、地面から冷たさが上り詰め、体を震わせた。今日のホームルームで話していた先生の声が頭に重く響く。
ーーーー「旭町の住宅地に」
ーーーー「上下黒のジャージ」
目の前にいる「何者か」の特徴が、先生が言っていた通り魔事件の犯人の特徴と一致しているのかは分からなかった。
ーーーーーー50代くらいの人で白髪混じりと聞いたが、帽子を頭深くかぶっているから分からない。だけど嫌な予感がした。背格好からして女ではなく男が立っているということは分かる。ただの通りすがりの人だと思いたかった。
だけど、「恐怖」しか感じなかった。
何も気にしてないふりをしてその男の前を通り過ぎようとしたが、その男は、莉子に向かって歩き始めて近寄ってくる。暗闇からだんだんと見えてくる、男の顔。街灯がその男の顔を露わにしていく。男の口元は緩み、笑みがこぼれていた。
このとき咄嗟に、確実な危険を感じた。この男から逃げなければならない、と。しかしその瞬足な判断さえも遅いと嘲笑うかのように、男が莉子に向かって手を伸ばしてきた。その行動に思わず足を止め、全身の動きを止めた。恐怖で体が動かなかった。目の前にいるのは不審者だ。きっと当たっている。だけど、自分の判断は遅かった。もう目の前まで男の影が近づいている。
喉の奥が震え、声が漏れた。
「あ、っ」
しかし体が動かなくても、声は出るということは分かった。叫べ。叫ぶんだ。
ーーーー「誰かーーーーー!!」
今まで出したこともないような張り詰めた声を、お腹の底から押し出した。自分でも声の大きさに驚くほど。
その瞬間、莉子の背後から誰かが走ってくる足音が聞こえた。背後から誰かが近づいてきた。その人影は莉子の横を通り過ぎ、目の前にいる不審者の男へ向かった。
まるで守ってくれるように莉子の前に立ちはだかり、その背中は大きな壁となった。見上げた先には、莉子と同じ高校の制服を着ていた背の高い男子生徒がいた。彼の突然の登場に、不審な男はすぐに別の方向へ振り返りその場を離れて走り出した。
「逃げるなよ!」
男子生徒が叫ぶ。勢いよく走り出した不審な男の後を、男子生徒も追いかけて走り出した。
ものすごいスピードの展開に私はまたパニックを起こしそうになる。
「…待って!」
行かないで、と思った。こんな暗い中、1人にしないで、と。誰かも分からない目の前の男子生徒を呼び止める。彼はすぐに不審な男を追いかけるのをやめた。見ず知らずの人に何を求めているのだろう。だけど今この暗闇で一人きりになる方が恐怖だった。
追いかけることをやめた彼はゆっくり近づいて来た。
不審な男はとても足が早く、道の先の一角を曲がり姿を消した。
「立てる?」
男子生徒にそう言われて、恐怖で足の力が抜けて地面に座り込んでいたことにやっと気づいた。
足に力が入らない。そんなに怖かったのか、と自分の非力さに情けなくなる。すると彼は、莉子の腕に静かに触れてきた。その行動に、また体を震わせてしまった私。そんな反応を見て彼は躊躇したのか、一瞬動きを止めた。だけどもう一度莉子の腕に触れて、少し力強く持ち上げた。
「そんなところに座っていたら、汚いから」
「・・・・あ、」
「スカートが汚れるよ」
その力強さに頼りながら、ゆっくりと立ち上がることができた。そのときには、不思議と、体の震えが消えていた。
「大丈夫?とりあえず…家はどこ?帰れる?」
「すぐ…そこです」
「近くて良かった。じゃあもう大丈夫だね」
「あ、あの、…ありがとうございました。」
そうお礼を言うと、彼は優しく笑った。
彼は綺麗な顔をしていた。
それが彼、清宮廉との出会いだった。
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