帰宅時間

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※ ※ ※ 清宮廉は莉子にとって覚えのある顔だった。彼は学校で有名な人だったから。 容姿端麗で頭脳明晰。そんな完璧な言葉が似合うような男子生徒。 莉子よりも2個上で3年生の先輩だが、入学した頃からクラスの女子が話題にされるほどの人気ぶりだった。 その話題には入れてないがいつも耳にはその先輩の名前が各々から聞こえてきた。 そんな彼を初めて見たのは1ヶ月くらい前のこと。 一度、何の用事か分からないが彼は人を探したような雰囲気で教室を見渡しに来たことがあった。 「清宮先輩だ」 誰かの声で、初めて彼の顔と名前が一致した。 この人があの清宮廉。いつも女子生徒の中で話題になってる人。 莉子が今まで見たことある男性の中でも1番顔が整っているといっていいほど美形。制服を下手に着崩すことをしなくてもスタイルが良いってだけで見栄えが良い。きっと自分でそれを分かってて、ちゃんと制服を着こなしているんだ。颯爽とした姿だった。 ドアに立っている清宮廉は、廊下の窓からさす木漏れ日の光が柔らかい髪を照らして、さらに眩しく見えた。 そんな彼を見て、教室はざわついていた。 立っているだけで話題になるような人。 その時の記憶ははっきりと残っている。 人探しの彼が、一瞬こちらを見たのだ。 時が止まったような感覚が走った。自分を見たなんて勘違いだろうと思うだろうけど、それさえも疑うほどハッキリと。瞬間的に彼と目を合わせると、すぐに自分の机と向かい合った。そして、こんな自分に用事があるわけでもないのに目が合ってしまったことで恥ずかしさを感じた。 自分と清宮廉との存在なんて、それくらいの差があった。違う環境の人間だと思っていた。 莉子にはクラスにも普段から気軽に話せるような人が一人もいない。高校に入って半年も経つのに仲の良い友達はいなかった。友達の定義がどんなものかは分からないが、誰とも挨拶はしない・誰とも一緒にお弁当を食べない・誰とも話すことはない。誰に聞こうとも、私と『友達です』と公言する人は一人もいないだろう。 高校に入学してから何度か、話しかけてくれる人はいた。 「どこの中学から来たの?」からの自己紹介から、 「どこの部活に入る?」の質問、そして 「一緒に帰らない?」の放課後の遊びのお誘い。 初対面での自己紹介はうまく話せたとしても莉子はほぼ全てのお誘いをお断りしていた。 「ここの部活に一緒に入らない?」や、「帰り、みんなで買い物に行かない?」や、休日の「どこか遊びに行こうよ」のお誘い。 すべてを断っていた。理由は、 《「はやく帰らないといけないから」》の一言。 最初は変に思われなかったが、毎回そのような理由で断る度に、クラスメイトに変な風に思われるようになった。たしかに毎回、早く帰らないといけない、という理由では変に思う人もいるはずだ。だから、今度は違う理由で用事があるから、とか色々な断り方もしているうちに莉子を誘う人は少なくなった。 ーーそして、いつのまにか「西野さんはそういう人」。誘っても断られるよ、一人が好きな人だよ、と完全にクラスで浮くような人になってしまった。断るということは、莉子にとって決して相手を拒否してる訳ではなかった。だけど、そういう形になってしまった。 仕方がなかった。本当に。学校が終わると、早く家に帰らなければいけなかったのだから。そして、誰にも誘われず、話しかけられず、一人でいることに慣れてしまった自分にも大いに問題があるがそれで良かったと思っていた。 きっと、これからも一人で静かに学校生活を送る。 そんな陰にいるような目立たない莉子が、清宮廉と同じ線に立つことは一度も想像さえしたことがなかった。 だけど、あの日不審者に助けられた日から、清宮廉は莉子の前に毎日姿を現すようになった。 ※ ※ ※ 不審な男から廉が助けてくれた次の日のことだった。 昼の休憩時間。騒いでいる教室が更に騒がしくなった。ドアの付近にあの有名は清宮廉が立っている。その景色は前にも一度あった。また人探しに来たのか。 だけど、前回とは違うのはあからさまに莉子がいる方向を見ている廉がいた。勘違いだ、きっと勘違いだ。自分と彼は全く別の世界。正確に言えば次元の違う人間同士。違う種類! だけどまた彼を一瞥すると、明からさまにこっちに手を振りながら笑顔を向けてきた。 ええ…違います、絶対に違います。 用事がないと自分に言い聞かせていたが、あるクラスメイトが莉子に近づいてきた。 「あの、たぶんだけど、たぶん人違いだと思うんだけど、清宮先輩が西野さんのこと呼んでるよ…?」 と、同じクラスなのに一度も話したことない女子生徒が苦笑いを浮かべながら声をかけてきた。的確な一言だと思い、莉子も同じような苦笑いを返す。うん…私もきっと人間違いだと思います。その女子生徒の信じられないことが起こったような表情は莉子にとっても納得のいくものだった。 一応クラスメイトの言われた通りに従い、彼の方へと歩き出した。 廉は莉子に向かってまた笑みを溢した。 「昨日ぶり。あれから大丈夫?」 クラス全体は私たちの会話を聞こうと静まっていたため、普通の音量の声さえも教室の隅まで届いていた。その一言でざわっとまた騒ぎ出すクラスメイト。驚愕の声というか、信じられないような納得のいかない叫びというか。 私だって信じられないし納得できない。 昨日の帰宅時間までは縁のなかった人、絶対知り合うことはない人に呼び出されて声をかけられて。 「えっと、とりあえずここじゃなくて別のところで話してもいいですか?」 周りの目線に耐えられなくなり、その場を避けるように提案した。廉は「なんで?」という顔をしたが、「そっか。そうだよね。昨日の話は誰にも聞かれたくないよね」と続けて言った。 彼は昨日の話をしようと自分の元に来たらしい。莉子達の釣り合わないツーショットを見て騒がられているこの状況を抜け出したいってこと。それに気づいてない彼は少し天然なのだろうか。とにかくそんな自分の魅力に気づいてない彼を連れ出して人目の避ける場所へと逃げた。莉子たちが去ったあとの教室は、しばらく騒ぎ声が止まなかった。
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