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「やだなぁ、そんな捨て犬みたいな顔しないでよ。私が悪いみたいじゃん。……愛ちゃんと言い久保田と言い、あんたたち似てるわ。犬属性なとことか。忠犬よねぇ、エサも与えてないのに尻尾千切れそうなくらいに振っちゃってさ」
「似てなんかいません。絶対に。……それで、その人は先輩のなんなんですか。まさか恋人なんてことはありませんよね?」
食い気味に、久保田は答えた。あからさまに嫌悪感を滲ませた声色だった。
「まさか。……そうね、野良犬に傘を差し伸べたらついてきちゃった、みたいな?」
「どういうたとえなんですかそれ。それに、捨て犬じゃなくて?」
「野良犬よ。捨て犬なんて可愛いもんじゃないわ」
乾いた笑いと共に吐き捨てるように言った。
「ストーカーみたいなもんよ。ぶつかっちゃったが運の尽き、恩を返すまで付きまといますってね。おわびに少しお金を貸しただけなのに。返す程のお金もないの。普通楽な単位の講義を取ってバイトするでしょう? 愛ちゃんはバカみたいにバイトもするけど、奨学金欲しさにバカみたいに分厚い論文みたいなレポート書いて提出するの。これが教授にバカ受けでさ。講義中ずっと寝てるくせに評価がいいのよ」
ほぼ大卒という資格を得るためのモラトリアム期間と化している大学で、学問に精を出す人間は全体のどれほどを占めるだろうか。魚住に至っては一般的な学生である。卒業要件をギリギリ満たす程度の講義のみ受講し、残りの大半をサークル活動とその交友に充てていた。学部も違う二人に接点は生じないはずだった。
「たまたまぶつかったのよ、雨の日に。そしたらそのレポートぶちまけちゃって。分厚すぎて印刷枠超えちゃってて、お金もろくに持ってないのに、締切はその日までだって、捨て犬みたいな顔したから。流石に悪いかなーと思って私の枠を使って印刷したの。まさかそんな分厚いレポートだと思わないじゃない? 結局私の枠も越えちゃったから課金して、課金の仕方も知らないって言うから教えてやって。そしたらお礼するまで帰らないって言い始めて」
彼らの所属する大学では年間約千枚分が無料で印刷できる制度があり、一年に定額分の印刷枠が学生証に付与されていた。上限を超えた分は有料で印刷枠を増枠することができた。
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