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 これは、今より少し昔。  漫画制作が完全にアナログで行われていた時代のお話であります。  私、ペンネーム『高梨みつる(21歳)』は少女漫画家の『夢野さつき先生(27歳)』のアシスタントだ。  締め切り間際で現場はピリピリしている。  昨日は徹夜で、もう一人のアシスタントの永野さん(20歳)と夢野先生のテンションも既にナチュラルハイ状態でおかしい。  永野さんがフラフラと、 「先生、ここのトーンの削り、大丈夫ですか?」  あはは、と。なぜか笑いながらスキップ状態で先生に原稿用紙を手渡す。  異様な光景だけど、皆慣れてる。恐ろしい。 「うん、オッケーです」  と、先生もそこはいちいち突っ込まないらしい。  どうしてこうなったかというと、マネージャー兼事務の中島さん(26歳)の無茶なスケジュール管理のせいもある。  ただでさえ商業誌が何本も入っているのに、コミケのBL同人誌の予定まで入れてしまっているから。  同人誌の方を今すぐ止めればいいって?そんな単純な事では無くて、読者の皆さんに『新刊出ます!!』と大きく宣伝してしまっている手前、『はいごめんなさい』では簡単に済まされない。そこはプロとしての信用に関わる。  中島さんは、 「おはようございます。 今日は、アップルパイを焼いて来ました。 皆さん、これを食べて元気出してくださいね〜」  と、語尾にハートが付きそうなトーンで言った。   この人は泊まり込みとか徹夜とか関係無い仕事なので、描く方の状況はいまいち分かっていない。  いや、アップルパイとか、むしろ食べてる暇が惜しい。と思いつつも、 「わぁ、ありがとうございます」 「美味しそうですね」  と皆で返し、 「後で、仕事が一段落したら頂きます」  と、冷蔵庫行きになる。  テレビからは、先生の趣味の戦隊ロボットアニメが流れて来ている。  最近の二次創作BL同人誌のネタになっている。けど、先生以外は実は誰も興味が無い。でも、そこそこ興味のあるふりをして、何ならそれぞれが何となくの推しキャラを言ってみたりする。  とりあえずキャラを覚えておいた方が仕事的にもスムーズだ。もちろん、同人誌の時にもアシさんは入るのだから。  本当は中島さんと私はバンキャルなので、バンドサウンドが流れてた方がテンションが上がる。  時々スマホにイヤホンを付けて音楽を薄っすら聴いてたりもする。でも自分の世界に閉じこもりっきりでは空気が読めなさ過ぎなので、時々にしている。  そんな夢野先生は、なぜか電話で話をしている。 「そんな、ちょっと待って・・・」  と、雲行きが怪しい。  彼氏か? 「だから、そんな事無いって。 今すぐそっちに行くから!」  はあ!?  と、アシスタント二人が先生を見て、顔を見合わせる。  もしや、またか!?と。  先生が、 「仕上げの指定、だいたい終わってるから、指示通りに仕上げておいて。 すぐに戻るから!」  と言い。  まただ!  と二人で顔を見合わせた。  私が、 「先生!本当にすぐ帰って来て下さい!!」  と、念を押す。 「もちろん」  と、言いながら、先生は猛スピードでBBクリームを塗り、眉毛を描いている。  さすが漫画家のアート感覚、仕事が早い! メイク道具のポーチをバッグに詰め込み、 「じゃあ、お願い!」  と、先生は仕事場を後にした。
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