01.宮代善爾の逡巡

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「会社を訴える……ですか。  う~ん……それは、あまり考えてないかなあ……」  姉の言う通り、崎谷くんに聞いてからにしてよかった。今回のケースは弁護士を頼むにしても事情の説明、会社の不適切な対応を伝えるのに性的指向の問題が絡む訳で、躊躇いがあるのも当然だった。崎谷くんがしてくれることに比べて、全くおれは配慮が足りない。落ち込みながらせめてもと崎谷くんの手から段ボールを引き受ける。 「大丈夫ですよ、台車までだけだし」 「いや……これくらいはさせてほしい……」  崎谷くんとおれは現在休日出勤中である。  保管期間を過ぎた書類を箱詰めし、溶解業者の引き取りに備える。コールセンターの分だけでもおれ達ふたりで就業時間外に、では平日のうちには終えられず休日出勤を申請したところ、いつの間にか他部署も回って指定の場所に運んでおく作業を乗せられていた。  おれが会社の不興を買い、辞めよがしの扱いを受けているものに崎谷くんを巻き込んでしまっている。せめて何かお礼やお詫び、埋め合わせをしたいと言っても「ふたりきりの休日出勤なんて俺にとってはご褒美ですよ」と笑ってくれる。そんな彼におれがしてあげられるのは、力仕事くらいだ。 「そっか、ごめんね。  この会社と争って、裁判には勝てても  途中は嫌な気分になるばっかりだろうしね……。  安易なこと言っちゃった」 「や、そんな、あの……嬉しかった、ですよ。  俺のことを考えて言ってくれたんだって」  結局またフォローしてもらってしまった。  今も段ボールを台車に積むおれの単純作業のかたわら、事前に送り付けられていた『回収予定部署リスト』をチェックし「次は8階ですね」と言うや否やエレベーターを確保にかかってくれる。おれ一人では土日両方出なければならなかったかもしれない作業が、この調子なら普段の定時より早く終わるような気がする。  崎谷くんは、優しい。相手を慮って寄り添ってくれる人だと思う。それはおれに対してだけじゃなくコールセンターの皆さんに対しても同じで、今日までに厄介なクレーマーに発展しそうなご相談を引き取って解決し、感謝されている様子を何度も見てきた。  線が細い、と言うと失礼だろうか、男性らしい威圧感、圧迫感を感じさせずスマートにさりげなく親切。女性に対しては下心なしでその振る舞いな訳で、昔拾い読みした姉の蔵書の少女漫画の中ですらお目にかかれないような王子様ぶりである。  そんな崎谷くんがおれにだけは好意を隠さず向けてくれる。それすらも恐らく、自分の立ち位置をおれの味方であると表明する意図があってのこと、じゃないかという気がする。「気持ち悪くなったらいつでも言ってください」なんて言わせてしまう今の状態を、おれの反応次第で変えられるのもわかっている。  だけどそれは、誠実とは言えない、結局ひどい行いなんじゃないか?  今まで同性に恋愛感情を向けられた――それを伝えられたことはなかった。無意識に他人事、自分には関係ないと思っていた同性愛を我が事とした時、『アリ』なのか『ナシ』なのか、崎谷くんと同じ意味で「好き」と答えられるのか。勃起不全という状態で、肉体関係を含む付き合いについて答えを出せるものなのか。  このところのおれは、ずっとそんなことを考えている。
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