番外編:浦部真哉の共感

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「えっ、崎谷さん  4月に会社に入ったばっかりなんですか?」 「そうです。  ……色々あって、宮代さんの部下になって」 「いろいろ……崎谷さんも、困ってたんですか?」 「え? ……困っては、いないかな。  宮代さんがいてくれたから」  そう言う崎谷の手元、落ち着かない様子でストローを出し入れしているアイスコーヒーの氷は溶け、ずいぶん淡い色になってしまっている。  真哉は近所に公園でもあれば、ぐらいに考えていたのだが、申し出たところ「ダメだ! 職質を受けて連れていかれたりしたら宮代さんに申し訳なさすぎる」と勢いよく却下された。結局ついさっき母と歩いた道を今度は崎谷と二人戻って、駅前のファミリーレストランに腰を落ち着け、証拠写真を善爾に送って一段落。時折跳ねるように盛り上がる、よくわからない会話を続けている。 「真哉くん、ほんとに何か頼まなくていいの?  お店で出てくるものだし、  俺が信用できなくても危ないことはないよ」  メニューを渡しながら言う崎谷は冗談を口にしているようには見えない。  この変なえんりょみたいな感じ、善爾くんに似てないか?  真哉は呆れる。信用できない大人にこうもホイホイついてくる訳がない。訳がない、のだが、子どもの相手をし慣れていないのかどうにもおっかなびっくりな様子は善爾の自信のなさを思い出させる。似た者同士気が合って仲良くなったのだろうか? 「善爾くんと友達の崎谷さんが危なくないなんて、  わかってますよ」 「友達……うん、まあ、友達」 「変な時間に食べるとご飯にひびくって言われるのと……  これは、善爾くんにもひみつですけど」 「え……? 俺が、聞いちゃっていいの?」  声をひそめて、さも大事な秘密のように打ち明ける。 「僕、甘いのよりしょっぱいほうが好きなんです」  言い終えて、目を合わせて笑ってみせる。あっけにとられたような崎谷の顔にじわじわと笑いが広がって、真哉は予想が当たったらしいと嬉しくなる。 「……実は、俺もなんだ」 「善爾くんと来ると、自分が食べたいだけなのに  デザート分けてこようとするんです」 「! 俺にもなんだ……!  宮代さん、居酒屋でパフェ頼む人でね」 「崎谷さんにも食べなよって言うんでしょ」 「俺は……甘い酒ですら結構ムリなんですよ……」  結構ムリ、と言いながら、それを善爾には言えず苦手な甘いものを食べていたのだろう。善爾を喜ばせたいのか傷つけまいとしたのか、自分も同じ状況なら同じことをするだろうな、と真哉は思う。  子ども相手に時折混ざってしまう敬語に、善爾のことを話すときの思わずといった様子の笑顔に、崎谷の第一印象のスマートさはどんどん上書きされていく。仲良くなったばかりで、まだ今は少しづつ距離を縮めているところなのかもしれない。  崎谷さんは、きっと善爾くんと一緒に歩いてくれる人だ。  会えない間、善爾がひとりぼっちになっていないか心配だった。面倒を見られる子どもの身でえらそうな考えかもしれない。しかし感情が隠せず顔に出てしまう善爾を見ていれば、真哉が何かの足し、支えになっていたのだろうというくらいは察していたのだ。困ったことになった上にひとりぼっちかもしれない善爾のほうが、現実には何も変わることのない両親の問題よりも真哉にとっては大ごとだった。 「……なんか、ごめんね」 「? 何が、ですか?」 「真哉くんは久しぶりに宮代さんに会えたってのに、  引き離して連れて来るみたいになってしまって」 「それは、だってお母さんと善爾くんが  大人の話、ってのをしなきゃいけないから……  僕は善爾くんの話ができるのうれしいですよ」  嘘や、強がりではない。真哉はずっと、『善爾のことが好きな人』と善爾の話をしたかったのだ。  母は弟である善爾を、もちろん嫌いな訳ではないだろうがどうもあまり大事に思っている感じがしない。祖父はもっとひどい。善爾がどんなにダメかということを真哉に教え込もうとしてくる。このところ、会えなくなってからは特にそれがひどくなっていて、祖父と会うことは真哉にとって苦痛でしかなかった。 「そう、言ってもらえると気が楽だけど……。  会社での宮代さん、だったよね。  俺が話すと、どうしてもひいき目になっちゃうけど」 「ひいき目?」 「あ、ええと、いい風に解釈……  どんなことでも良く見えちゃうっていうか」 「そういうのを、聞きたかったんです!」  身を乗り出す真哉に驚き、笑って、崎谷は「しょっぱいの、食べながらにしようか」とフライドポテトを注文してくれる。  短い時間で、真哉はすっかり崎谷のことを好きになってしまった。見た目のままの性格だったら気後れしてしまうところだが、不思議にどこか頼りないような、真哉のような子どもにもおずおずと手をのばしているようなところが――かわいい、と思ってしまう。  時折真哉の反応をうかがう様子に、できるだけの笑顔で応える。せっかく遊びに来たのに自分という邪魔が入ったのは申し訳ないが、今日偶然に出会えてほんとうによかった。きっかけ、としてだけは祖父に感謝したいぐらいだ。
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