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01.宮代善爾の逡巡
「善爾、アンタねぇ……
新卒の子にそんな面倒かけてどうすんの?」
「うん……崎谷くんにはほんとに申し訳ない」
「一応はアンタが教育係とかなんでしょ?
介護されちゃってるじゃないの」
「だよねぇ……いくら『宮代さんの役に立ちたいんです』って
言ってくれてるからってあんまりだよね」
「えっ、その子はなんか徳を積む修業でもしてんの」
画面の中の姉の顔が、回線の都合ではなくフリーズしている。
崎谷くんはアウティング、偏見差別、横暴配属の結果我がお客様相談窓口コールセンターに配属された新卒採用入社の部下……いや、働きぶりをおれと比べると後輩とだけ言うべきか。4月に入社し連休を経た今や、派遣チームリーダーの那須さんと双璧を成すエースぶりである。
もともと開発を希望していたと聞いている。入社後の研究も功を奏して、製品についての真面目なヘルプ、クレーム対応は「丁寧でためになる」と満足度アンケートの結果も概ね上々だ。
いつまでもおれの面倒を見てほしいなんてことは許されない。
「徳を積む修業」、そう言われた方がまだ納得できそうなことに、崎谷くんは初日からくだを巻き弱音を吐き泣きついたおれに好意を抱いていると言ってくれた。恋愛対象が男性だとは認識していたが、女性とみれば怯え男性機能は不全、満足に独り立ちして仕事の話もできない、性別以前に人としてマイナス評価の今のおれの何処がよかったのか。結果として彼が向けてくれる好意に甘えっぱなしな現状を改善しなければ、と、姉の真弓に連絡を取った結果がこのビデオ通話だった。
「いや、そういうんじゃない、よ多分」
「まあ修業ってことはないんだろうけど……
本人に会社と喧嘩する意思がないんだったら、
アンタが先走ってもしょうがないでしょ」
「そう、かあ……」
不当な理由での配属に対しての訴訟、労働問題を見てくれる弁護士を教えてほしい。
姉にはそう連絡した。姉といえども女性、恐怖感を抑えられず不義理を続けていたのに、おれ自身の必要かとあわてて返事をくれたことには感謝しかない。
「とにかく、さきやくんとちゃんと話してから!
あと私がお世話になってる先生は離婚問題専門だからね」
「えっ、あ……ごめん?」
「別にアンタはイヤミで言ったんじゃないってわかるけどさ。
さきやくんにその気があるなら、
先生の知り合いで誰かいないかって聞いてみるから」
「ありがとう、じゃあそうなったらお願いします」
「アンタが自分のことで、なら今すぐあたるけど?」
親身な心配を声に乗せた姉の質問に、自分はどうしたいのか考えてみる。
状況が変わる、自分が動くことで変える。もうずいぶんと、思い浮かべることもしなかった。
辛い、苦しい、怖い。こうなったら嫌だ、ということばかりで、こうなってほしい、こうなら嬉しいと口に出来るようになったのは、崎谷くんが来てくれてから――みっともなくすがって「一緒にいてほしい」「かわいそうだって思われたい」と伝えてから、かもしれない。
本音を正直に言うなら、できるなら崎谷くんともう少し同僚でいたい。
34歳にもなって、でかい図体した男が言っていいことじゃないな。自嘲しながら「おれはいいよ」と答えるに留めた。
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