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商談相手との約束時間の少し前に着いた。名古屋駅
桜通口にある金の時計前。約束の時間まで携帯電話を
チェックする。多くの人が足早に横を通り過ぎていく。
すぐ近くには女子大生だろうか。数人のグループが楽
しそうに話をしている。その時である。
「えっ」
昔の恋人、奈々子の声が一瞬聞こえたような気がした。
私と奈々子は大学の同級生だった。飲み会で意気投合
し付き合いはじめた。お互いの家からちょうど名古屋駅
が中間だったのでいつもここで待ち合わせをした。名古
屋駅近くのデパートや地下街を二人で買物をしたり地下
鉄で栄や大須、水族館や東山動物園にも行った。一緒に
いると楽しくてなぜか心が落ち着いた。
大学四年になりお互い就職活動が忙しく会えない日々
が続いた。結局、私は名古屋の企業、奈々子は東京の大
手企業に就職が決まった。
名古屋と東京。
離ればなれになる。今後のことを二人で何度も話しをした。
朝になるまで電話したこともある。
二人で話した結論は別れてそれぞれの道を歩もうという
ことになった。
奈々子が東京に旅立つ日。この金の時計前で待ちあわ
せをして見送った。新幹線に乗り込む奈々子。最後に震
える声で
「元気でね」
といって手紙をくれた。手紙には一緒にいて楽しかった
こと、これからがんばろうということが書かれていた。
そして手紙の最後には少し滲んだ文字で
「いつか、金の時計前で会える日がくるといいね」と
あった。
それから奈々子には何度か電話で話をしたけれど会う
ことはなかった。あれから何年経つのだろう。
そろそろ約束の時間だ。キョロキョロしているとまた私
を呼ぶ声がする。振り返るとそこには、笑顔の奈々子が
立っていた。
おわり
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